第二十一話
「え、ちょ! な、何してるの!」
ちょっと遅くなり小走りで部屋に戻ると、日高さんがタンスに手をかけて何とか立っていた。
赤ちゃんのつかまり立ちのような状態。
そんな如何にも日高さんが怒りそうなことは口に出さず、必死に立ってる日高さんをそっと抱えてベッドへ。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
分かりやすく目を逸らし、足をもじもじする日高さん。
「で、何があったんだ?」
「着替えを出そうとしたんですけど、体が言うことを聞かなくて……」
目をキョロキョロと泳がせ、茹でダコぐらい頬を真っ赤にする。
自分でも顔の熱が上がるのを感じたのか、バサッと布団で顔を隠した。
あのような姿を見られ、合わせる顔がなかったに違いない。
僕的にあのつかまり立ちは、とても可愛い絵面だった……って、今はそんな感想を考えてる場合ではなかった。そう分かっていても、脳裏にあの絵面が焼き付いて離れない。
黙っていると人形みたいな人がいるように、日高さんは黙っているとロリなのだ。
丁寧な口調を抜けばロリ要素しかない。
「なるほど。それで着替えは?」
「タンスの一番上……です」
僕は濡れたタオルを机の上に置き、言われた通りタンスの一番を上を開く。
中にはモフモフ生地の可愛らしいパジャマがたくさん入っており、まさしく女子のタンス。
スーツ姿の日高さんしか見てないこともあり、可愛いパジャマを意外と思いつつ、最初に目に入ってきたクマのパジャマを手に取る。
「クマのこれで良かったか?」
「は、はい」
「パジャマはここに置いとくぞ」
日高さんはまだ恥ずかしいのか布団で顔を隠したまま。
熱とはいえ、着替えに関しては手伝えない。僕は扉のほうへ。
「ん?」
服が引っ張られる感覚があり振り返ると……そこには潤んだ目元をちょこんと出し、僕の服を掴む日高さんの姿があった。
「ど、どうか、どうかしたか?」
容姿がロリの日高さんにそんなことをされ、僕はあからさまに動揺する。
心臓は大きく跳ね、手汗が流れ出し、目玉が飛び出るほど瞳孔が開く。
「あ、あの……背中を拭いてくれませんか?」
「……えっ?」
――背中を拭く?
僕が日高さんの背中を?
それっていいのか? そんなことが許されるのか? 本当に? マジで?
後から「無理矢理されました」とか言われて訴えられないよな?
「そ、その! 別に嫌なら断ってもらって――」
「や、やる。やるよ! 管理人の仕事の範囲内だし!」
僕は気分ルンルンで机に置いた濡れたタオルを手に持ち、いつでも拭けるよう状態に。
「なんか表情が怖いんですが……」
「そう? そうかな?」
僕は優しい表情を意識。日高さんはそれを逆に警戒してる様子。
「えっ、はい。念のため確認しますが、小好君は大人の女性には興味ないんですよね?」
「……もちろん」
なぜかその質問に即答できなかった。理由は何となく分かる。
僕はアロエ荘に来て三人もの女性にロリを感じている。中でも日高さんには特にだ。
さっきも、いや、今も感じてるというのが事実。
最近、僕の中で合法ロリの存在が曖昧になっている。
日高さんとの出会いにより、合法ロリとロリの境界線が崩壊寸前まで追い込まれてると言っても過言ではない。自分でも信じたくないが言い訳できない状態だ。
「その間は何ですか? 本当に信じていいんですよね?」
日高さんは怯える瞳を向けて最終確認。
人に頼みごとをする発言、態度とは思えないが、文句を言う気はない。
「ああ、信じてくれ」
「それでは……お願いします」
心配、警戒が全て解けたわけではなさそうだが覚悟を決めたようだ。
ゆっくり布団を出て、僕に背を向けてシャツを脱ぎ始める。
その光景に僕の目は瞬きを忘れ、録画するようにガン見。
日高さんがシャツを脱ぎ終える。丸くて小さな肩が露になり、中に着ていた白色のキャミソールが顔を出した。キャミソールの下からは真っ白い兎のような背中が降臨。
真ん中には細い背骨が薄っすら見え、所々……青色や赤色、黄色の痣が存在する。
僕はそれを目にし、すぐには言葉が出なかった。
先ほどまでの興奮はどこかへ消え、痣にしか目がいかない。
酷い状態で虐待された子供の背中そのもの。見てるだけで自分の背中までもが痛む。
「日高さん……これは?」
「ごめんなさい。少し相談がしたくて、こんな見苦しい体を見せてしまいました」
首を軽くひねってこちらに目をやり、無理矢理な笑みを浮かべる日高さん。
「な、何で僕に相談を? 他に相談できる相手はいるでしょ? わざわざ服まで脱いで……」
「んー、それは何ででしょうね」
日高さんは「ふふっ」と微笑み、言葉を続ける。
「多分、私をここまで心配してお世話してくれた人が、人生で小好君が二人目だったからだと思います」
「は? それだけ?」
「はい。それだけです。なので、昨日までは家事が得意なロリコンとしか思ってませんでした」
「うっ……」
そうハッキリ言われると心に刺さるものがある。
日高さんは僕の反応に笑いながら「ごめんなさい」と謝り、ふぅーと呼吸を整え話を再開。
「ですが、今は小好君のことを頼りになるロリコン管理人と思ってますよ」
「さっきと差ほど変わってない気が……」
複雑な表情をする僕に、日高さんは「全然違います」とキッパリと否定。
不満げに「はぁ……」とため息をつき、再び口を開く。
「私はですね、小好君を信用したんです。頼りになる人だと思ったんです。だから、服を脱いで相談を聞いてほしいと頼みました」
信用しているわりには、背中を晒すのをかなり躊躇してたけどな。
僕が日高さんの背中を拭けると舞い上がり、表情が緩々になってたので無理もないか。
本当に日高さんの気持ちも知らず、興奮していた僕は最低だ。
「日高さんが僕を信用してくれたことは分かったよ。でもさ、上半身裸になるのはどうかと思うぞ。普通は恥ずかしいだろ?」
「いえ、見られて恥ずかしいものなんて私の上半身にはないので」
平然とした感じで早口でそう言うも、「ただ」と不安気に言葉を吐く。
「この背中の痣をどう思われるかは少し心配でした」
「安心してくれ。これを見て嫌いになんかならないよ」
僕の言葉にホッとしたのか、露骨に上がっていた肩が下りる。
他人にこの痣を見せるのはそれなりに勇気がいたはずだ。安堵するのも無理はない。
改めて見ると本当に酷い痣。
自然と目を逸らしたくなるレベルだ。
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