第十五話

 寝不足で頭が回らない中、何とか午前の家事が終了。

 現在、ダイニングテーブルで天音と奏多と昼食中である。

 昼食は昨晩食べたカレーの残り。昨日より旨味が増していて美味い。自画自賛するほどだ。


「カレーは二日連続でも飽きないから不思議だよねぇ」

「それなー。まぁでも、二日目のほうがカレーは美味しいって言うし」


 二人はそんな会話をしながらも、スプーンを止めることなくカレーを食べ続けている。

 結局、朝食はコンビニのサンドイッチだけだったからな。

 早朝からSMプレイの実践をしていた二人はお腹が空いていたに違いない。既に二人ともカレーは二杯目だ。そんな二人と対象的に、僕の前にあるカレーは減っていない。


「春ちゃん、食欲ないのぉ?」

「ああ、ちょっと寝不足でスプーンの進みが遅いだけだよ」


 僕は二人を心配させないように笑顔を作り答える。

 正直、頭はハンマーで殴られてるぐらいガンガンする。視界はぼやけ、手に力が入らない。

 油断すれば、夢の中&カレーにダイブすることになりそうだ。


「昨日、ミラちゃんに何時まで付き合っていたのぉ?」

「夜明け頃かな? あんまり覚えてない」

「小好はバカか。パリーをまともに相手にしてると東雲しののめみたいになるぞ?」


 奏多の罵倒混じりの真剣な言葉に僕の顔はあがる。


「東雲?」

「前の管理人だ。東雲梓」


 東雲とは梓さんの苗字らしい。


「それで梓さんみたいになるとは?」

「管理人は昼間に活動する。対してパリーは夜型人間。活動時間は真逆だ。なのに、管理人がパリーの相手すれば……分かるだろ?」

「寝る時間や疲れを癒す暇がなくなる」

「そう。結果、東雲みたいに壊れて暴れて終わりってわけ」


 最後に「ふぅ~」とため息をつき、奏多は喉を鳴らし水を飲む。


「風街に教えてもらわなかったのか?」

「天音はミラに無駄口叩いて楽しそうに部屋を出て行ったよ」

「てへへぇ!」


 天音は誤魔化すように可愛くウインク。猫の手で頭をコツンとして「反省反省~」と呟く。

 反省の色は見えない。口だけって感じ。


「はぁ……管理人がいない生活が大変って分かってるのに何で言わなかった?」

「いやぁ~、それがさぁ、ミラちゃん男の人にもあんな感じだからさぁ、つい面白くなっちゃってぇ!」

「何が『面白くなちゃってぇ』だ。二週間で東雲が潰れたのに、よく面白半分でいられるな。ボクは東雲の末路を見て頭が狂いそうになったぞ」


 スプーンでお皿をカンカンと叩き、当時の光景を思い出したのか眉間にしわが寄る。

 奏多はそれ以上何も言うことなく、おかわりしたカレーを残し、速足でその場を去った。


「あららぁ、怒らせちゃったかなぁ?」

「だと思うぞ」


 僕は力ない声で軽く返し、大量に残るカレーを口に運ぶ。

 味はしっかりするが食べてる感覚はない。とても気持ち悪い感覚だ。


「何年経っても分からないんだよねぇ、奏多ちゃんの怒りの沸点」

「性格が全然違うから仕方ないだろ」


 変わらぬ表情で「そんなもんかなぁ?」と首を傾げる。僕は「ああ」とだけ返した。

 天音と奏多は面倒くさがり屋という共通点はあるものの他は真逆。

 天音は天然マイペース。奏多は締め切りを意地でも守るぐらいド真面目。

 ここまで真逆だと考え方や捉え方が全く別の物になってしまう。


 先ほどの梓さんの末路。

 天音は何とも思っていない。一方、奏多は重くそのことを受け止めている。

 これでは理解し合うのは難しい。だから、真面目な奏多が天音にイラッとしたわけだ。

 考えに違いの差がありながらも関わり続けてるとか、少し僕と海と似ているな。


「そう言えば、星坂さんと日高さんは?」


 僕は昼食のカレーのお皿をキッチンに運びながら聞く。

 今朝は見てない。仕事なのか部屋にこもっているのか。どちらにしろ把握はしてたい。


「光ちゃんはぁ、多分休みかなぁ? 光ちゃんって休みの日は昼まで寝てぇ、自分が出演したアニメを見るかぁ、オーディションが決まった漫画やラノベを読んでるからねぇ」

「へー、アニメオタクなのか」

「違う違うぅ。光ちゃんは休みの日も仕事してるのぉ! 有名声優になるためにねぇ」

「なるほど。天音と違って偉いな」


 自然と出たその言葉に、天音はハムスターのように頬を膨らませて「むぅ~」と唸る。


「あたしだって毎日イラスト描いてるしぃ! 階段に散らばる服の量で分かるでしょ?」

「それは胸を張って言うことじゃないだろ。毎日頑張ってることは分かっているが」


 天音も毎日イラストを描いて偉いことは偉いんだが、性格と雰囲気のせいか他に比べて偉くは見えない。仕事しないで遊んでるオーラが凄いというか何というか。

 今のを本人に言ったら怒って、階段どころか二階の廊下を大惨事にしそうだ。黙っとこう。


「で、日高さんは?」

「今朝六時半ぐらいかなぁ? スーツ着て仕事に行ってたよぉ」

「やけに早い出勤だな」

「いつもと比べたら早いねぇ。何か問題でもあったんじゃないぃ?」

「そうかもな」


 昨日は午前九時頃までアロエ荘にいた。

 何かしらの問題があったことはほぼ間違いない。OLも大変である。

 午前一時に帰宅して午前六時半に出勤。ほとんど寝てないよな。

 僕ほどではないが、睡眠時間は約三、四時間といったところ。絶対に昼食後は睡魔地獄だ。


「ふわぁ~」


 そんな想像をしてると大きな欠伸が出た。

 つられて天音も欠伸を一つ。


「あたし寝ようかなぁ?」

「何時に起きたんだ?」

「今朝は五時起きぃ。それで七時から奏多ちゃんとSMプレイだよぉ」


 SMプレイってそんな朝早くからしてたのか。学校の朝練かよ。


「じゃあぁ、あたしは寝てくるぅ~。おやすみぃ」

「ああ、おやすみ」


 ほとんど瞼を閉じたまま、天音は二階へ向かって行った。


「こんな時間か……」


 僕はソファーに置いていたタブレットを手に取り、ソファーに寝転ぶ。

 タブレットで確認してるのは、スーパーの特売チラシ。

 今の時代はチラシもネットで確認できるから便利である。知ったのは昨日だけど。

 管理人になった以上、お金の管理は大切になる。その中でも食費の削減は最重要だ。


 安い食材で美味い料理を作る。節約の王道だ。

 それにアロエ荘のお金を使うのには抵抗がある。

 アロエ荘のお金に関して、海に一切聞かされてない上、タブレットにも何一つ説明が書かれていない。ただタブレットにキャリア決済機能が備わっているだけ。


 それってなんか怖くない? えっ、怖いよね?

 数ヶ月後、海に全額請求されることになったら……。

 うん、怖い。考えるのは止めておこう。


「今日は鮭と豚肉が安いな……」


 眠気に負けないように安い食材を呟き、赤やオレンジと派手に彩られたチラシを眺める。

 だがしかし、文字と数字が並んだチラシを見続けてると、催眠をかけられたように段々視界が狭く暗くなっていく。そのまま僕の瞼はゆっくりと下り、意識は夢へと去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る