第十四話

「おーい、洗濯物を持って来たぞ」

「朝食はぁ? あ、ワン!」

「わざわざ犬の鳴き声を付け足すな。それと朝食は少し後になりそうだ」


 天音は相当お腹が空いていたらしく、お腹を片手で抑えて肩を落とす。

 奏多は淡々と自分の服をカゴから取り出していた。


「んー、こんなものかな? ボクの分は取ったよ」

「お、じゃあ残りは……って、まだこんなに残ってるぞ?」


 カゴの中に差ほど変化がない。奏多は苦笑しつつ「いや、ボクは一週間ぐらいお風呂入ってないから洗濯物をほとんど出してないんだよね」と一言。

 この一言で、僕は大量の服の持ち主を理解した。


「なぁ天音、これはどういうことだ?」

「簡単に説明するとねぇ、イラストレーターは着替えることが多いのぉ。だから、自然に着替えが増えるってわけぇ」

「『増えるってわけぇ』じゃねぇーよ! 何で着替える必要がある? 描くだけだろ?」


 天音は右手の人差し指を左右に振り「ノンノンノン」と言う。


「イラストレーターという仕事はぁ、自分の服を見ながら描くのぉ。そうなると一日に何度も着替えることになるんだよぉ!」

「じゃあさ、今日階段に散らばってた服って……全て天音のものか?」

「うん、そうだよぉ」


 平然とした表情で「当たり前でしょ?」みたいな雰囲気を出している天音。

 あの量の服が全て天音一人分。改めて考えると頭が痛くなる。

 イラストレーターという仕事上、必要な着替えなのは分かった。

 それについては文句はない。が、わざわざ階段に散らかすことについては文句しかない。


 本人は「洗濯物だよぉ。洗ってねぇ」という軽い感じで下に投げてるはずだ。

 下に持って行く考えは悪くない。方法が問題なのだ。

 これはどうにかしないと起きる度に、階段がゴミ屋敷状態になってしまう。

 早急に対策を考えなければ。


「というか春ちゃんには言ったよねぇ?」

「え、は? 一切聞いてないんだが」

「あれぇ? 昨日、言ったはずなんだけどなぁ」


 天音は続けて「おかしいなぁ」とブツブツと呟き、首を傾げて不思議そうにする。

 言われた記憶はない。言われてたら早急に対策してたはずだ。

 いや、待てよ。

 今思い返してみれば、天音はあの服の山を自分のことのように話していた。


 え、そういうことなのか?

 管理人がおらず三日間、大変だったというのはアロエ荘のことではなく、天音本人の意見。

 昨日の記憶を遡ってみたが、天音は一言も「アロエ荘のこと」とは言ってない。

 つまり、階段の服、キッチンに放置された洗い物、炊いて置いたままだった米、浴槽に溜まっていた濁った水など。アロエ荘の酷い状態を作り上げたのは天音となる。

 三日間で僕の仕事を無駄に増やしてくれたものだ。


「それより一つ聞きたいんだけど、二人は洗濯物を僕に洗ってもらっていいのか? その……恥ずかしいとか思わないのか?」

「ボクは構わない。下着の色ダサいし。どうぞ勝手に見てくださいって感じ」


 ――変態か!


「あたしはパンツ履かないから問題ないよぉ!」


 ――問題しかねぇーよ!


 二人揃って滅茶苦茶だ。反応に困る。


「そ、それならいいか」


 一体、何がいいのか僕自身分からないが。

 今更だがアロエ荘には変態が多い。

 下着を見てくださいって言う人やパンツ履かない人、パンツしか履かない人。

 不審者の集まりみたいになってるよ。

 十九歳の星坂さんが如何に純粋なのか分かる。この先、一緒に暮らしていく中で、変態三人に汚されないか心配だ。そこは僕がどうにかしていくしかない。苦手って言われたけど。


「とりあえず僕は朝食を買ってくるよ」


 二人の適当な返事を聞き、僕は廊下を歩き一階へ。

 ダサい下着の奏多、パンツを履かない天音か。

 消去法で赤色の派手なブラジャーとパンツは星坂さんのものになる。

 ああ見えて意外というか何と言うか。


「あ、えんちょー、ふわぁ~」


 眠たそうに目を擦り、トイレから出て来たのはミラ。相変わらずパンイチである。


「途中で寝て悪かったな」

「本当だヨ! しっかりしてよネ!」

「そう言われてもな、朝までやるとは思ってなかったし」

「そういうことなラ、今言っておくヨ! 朝までゲームすル!」

「……」


 そんな宣言をされ、僕の口から言葉が出ることはなかった。

 僕の身にもなってほしい。過労死するぞ。


「ふわぁ~、ヤーは今から寝るかラ。えんちょーおやすミ」

「ああ、おやすみ……って、ちょっと待て」

「なー二?」

「チョコスティックパンとプリン知らないか?」

「えんちょー、ヤーは一人で食べれないヨ」

「それじゃあ、口に付いてるチョコとカラメルは?」


 僕が顔をじーっと見つめると、ミラは慌てて口許を腕で拭く。だが、腕には何も付かない。

 軽く鎌を掛けただけなのだから当然。

 こんなあっさり引っかかるとは。流石、精神年齢がベビーだ。


「ふふっ、一人で食べれないじゃなかったのか? あれは設定か?」

「今のはえんちょーがあんなこと言うかラ!」

「へー、そういうことにしておくよ」


 ミラの焦る姿に頬が緩む。水族館のマグロぐらい目が泳いでいて面白い。


「え、えんちょー、ヤーは寝てくるからネ!」


 動揺してるのか軽く噛みながら言葉を口にし、小走りで自室に入って行った。

 その後、ミラが出て来た一階のトイレのゴミ箱からプリンの空容器が六個、チョコスティックパンの袋が二袋見つかった。

 チョコスティックパン残り三袋はまだ行方不明。それもいずれ見つかることだろう。

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