第十一話

 僕は素早く体を洗い、ミラが浸かる浴槽に入る。大人二人の浴槽はかなり狭い。

 別々に入る提案はしたものの、「一緒じゃないと入れてあげなイ」と言われた。

 ミラにそう言われたら、残された選択肢は一つしかない。

 結果、予想通り体を寄せ合う状態になった。


「ふぅ~」


 自然と力が抜けるような声が漏れる。やはり湯船は気持ちが良い。

 一日の疲れが剥がれるように取れていく……いつもは。


「えんちょーのチンチンってミニウインナーみたいだネ!」

「なっ……は?」

「ヤー初めてこんな小っちゃなチンチン見タ! 可愛いネ!」


 ニマニマとガン見しながらニヒっと悪い笑みを浮かべ、指先でチョンチョンっと躊躇なく触ってくる。


「お、おいっ! 触るな」

「しなしナ~! 死んじゃったノ?」

「死んでねぇーよ! 生きてるし、元気だよ!」

「そうは見えないヨ? なんかどんよりしてル」

「い、今は少し元気がないだけだ」

「そうなんダ。可哀想ニ……」


 何だ、その瞳は!

 僕の息子を死んだ猫を見るような瞳で見ないでくれ!

 普通ガン見して無許可で触るか?

 あ、ミラは全然普通じゃなかった。普通の「ふ」文字も存在しない人間だわ。


 初めて女性に息子を触られるのが、こんな形とは想像もしてなかった。

 珍しい玩具感覚で触られたし。ガッツリ掴まれるよりかはマシだけど。

 それに「ミニウインナー」や「小っちゃな」「可愛い」「死んじゃった」「可哀想」など、僕の息子は散々な言われようだ。顔には出さないが、ここまで言われると内心傷付く。


 ミラの出身であるロシア人の息子は日本人の息子よりはるかに大きい。だから、悪意があってあのような発言をしたんじゃないことは分かる。

 これはただ国際的な違いであり、一生かけてもどうにもできないのも理解の上だ。

 それでも、男の象徴を好き放題言われるのは男して刺さる。


 ま、まぁ大きさが全てじゃないからね?

 形とか色々大切だし?

 結局、その行為する人との体の相性が全てって言うか、はぁ……。


「お風呂上がル! えんちょー体拭いテ!」

「分かったからそう騒ぐな」


 僕は疲れを落とせないどころか、心にダメージを負い浴槽を出る。

 言われた通りミラの体をバスタオルで隅々まで拭き、髪をドライヤーで乾かした。


「って、またパンイチかよ」

「ん? 家で服は着なイ! じゃなくテ、パンツが服!」


 青色のレースパンツを自慢気に見せ、僕が着替え終わったのを確認して腕にしがみつく。

 僕はそれを当然のように受け入れ、ミラを連れたままリビングへ。

 今日の家事はこれにてほとんど終了。後は仕事に行ってる二人の晩飯の用意だけだ。


 ――ガラッ!


「……えっ?」


 リビングへ行く途中、玄関を通ると急に扉が開く。

 同時に小さく驚いた声が聞こえ、玄関に視線を向けると嫌そうな表情をしたツインテールの女性が壁に手をつき立っていた。今朝、無視された星坂さんである。

 星坂さんは警戒心むき出しで、その場を動こうとしない。


「ヒカリン! おかえリ」

「う、うん。ただいま」

「このえんちょーはネ、えんちょーって言うノ!」

「へ、へぇー」


 ミラの説明が酷い。その呼び方は僕とミラ、天音しか通じないというのに。

 それを「へぇー」と返すあたり興味なしといった感じか。

 言動からして嫌われてる気もするが、一応アロエ荘の管理人になったのだ。

 自己紹介はしとくべきだろう。


「初めまして、今日からアロエ荘の管理人になりました小好春と言います」

「……」


 自己紹介をしただけなのに、ゴミを見るような瞳をされてしまった。

 一体、僕は何をした? 何もしてないよな?


「え、えーっと、よろしくお願いします。夕食の準備とお風呂の準備が出来てますが、どちらにしますか?」

「え、あ、あああ、え――」

「ちょ、あ、あの……」


 星坂さんは靴を脱ぎ捨て、ゾンビから逃げるような表情で僕を避け、猛ダッシュで二階へ行ってしまった。


「えんちょー、ヒカリンになんかしたノ?」

「いや、何もしてない」

「じゃあ何で嫌われてるんだろうネ」


 精神年齢がベビーのミラでも、嫌われてると分かるぐらいだ。

 相当、僕は星坂さんに嫌われてるのだろう。理由は分からないけど。

 何かしたらならすぐに謝れるんだが、何もしてないからどうも出来ない。

 非常に厄介だ。ミラという存在の次に。

 僕は星坂さんのことを考えながらダイニングテーブルに座る。横にはミラ。


「星坂さんってさ、いつもあんな感じか?」

「ううん、違うヨ! いつものヒカリンはネ、とーっても優しいノ!」

「そ、そうなのか」


 嫌がる表情しか見てないせいか優しいと言われても信用できない。

 僕を汚物を見るような瞳で見つめ、一言も喋らなかったのだ。

 優しさの欠片どころか常識の欠片すらない。人見知りの可能性もあるので強くは言えないが。

 ミラには普通に喋ってたから僕もそのうち喋れるようになるはず……そう願いたい。


「ねぇ、えんちょー」

「ん?」

「一緒にゲームして遊ボッ!」

「えっ? 今から?」

「そうだヨ!」


 時刻は午後十時前。

 いつもなら「まだこんな時間か」という時間だが、一日中家事をした今日はもう眠たい。

 眠気に従うまま管理人室のベッドにダイブして瞼を閉じたい気分だ。

 こんなに寝たいと思ったのは、二年前にロリゲーを徹夜で全クリした日以来。

 身体面、精神面ともに限界。長い長いニート生活で体力が落ちたのを実感する。


「ゲーム! ゲーム! えんちょーとゲーム!」

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