第十話
洗い物を終え、時刻は午後八時過ぎ。
僕は沸かしたお風呂に入るため、下着とパジャマを手に持って脱衣所にいた。
「で、いつまでミラは抱き付いてる気だ? 僕は今からお風呂に入るんだが」
「ヤーも一緒にお風呂入ルー」
「いやいや、入らないから」
「絶対に一緒に入るノ!」
ミラは本気のようで脱衣所を出ようとも、僕から離れようともしない。
ずっと背中のほうで「入ル! 入ル!」と連呼している。
無理矢理剥がそうにも、背中を取られてるのでどうもできない。
「困ったな……」
僕は男性でミラは女性。精神年齢がベビーだからと言って一緒に入るのはどうかと思う。
別に僕がミラに欲情することはない。ミラがロリではないのだから当然だ。
最初、胸の感触に鼓動が早くなったのは認めるが、今は特に何ともない。
むしろこの動きにくさに不満を感じている。後、暑苦しい。
「ヤーは一人でお風呂入れないノ!」
「天音や奏多に頼まないのか?」
「二人は仕事で忙しイ! えんちょーはこれが仕事!」
クソッ……精神年齢がベビーのくせに、よく分かっていらっしゃる。
確かに管理人の仕事内容には『住人のお世話』がある。
そのお世話の中に『住人をお風呂に入れる』があるとは想像もしてなかったが。
お世話を越えて介護の域に入るような気もするが、仕事である以上はミラの誘いを断るのは難しい。相手がミラならなおさら不可能だ。
「はぁ……分かったよ。入ろうか」
「やったァ~、えんちょーとお風呂! お風呂ォォォォオ!」
僕から離れ、ピョンピョンと飛び跳ね、喜びを爆発させるミラ。
その勢いのまま豪快にパンツを脱ぎ、ライブでタオルを回す感じでパンツを激しく回す。
僕はそれを一瞥し、呆れながら自分の服を脱いで腰にミニタオルを巻いた。
「ミラ、いつまでパンツを回してんだ? 僕はお風呂に入るぞ?」
「うわッ、えんちょーがいつの間にか素っ裸ニ!」
「ミニタオルを巻いてるだろ! ミラもミニタオルで下ぐらい隠せよ」
「えんちょー何言ってるノ? 日本ではミニタオルは頭の上だヨ?」
温泉か銭湯に行った時に覚えたのだろう。僕のミニタオルの位置に違和感を覚えている。
これに関してはミラが言ってることは間違いではないのでツッコめず、僕は頭を抱えて渋々ミニタオルを手に持ちお風呂に入る。続くようにミラもお風呂へ。
「えんちょー洗っテ!」
その言葉に対して特に驚きはなく、自分のミニタオルを浴槽の縁に置く。
ミラは既にバスチェアに座り、髪を後ろにやり洗ってもらう態勢になっていた。
目の前の鏡にはミラの裸が映るが、先ほどまでの光景と差ほど変化はない。
変わった点は、髪を後ろにまとめたせいで胸の中心にある薄いピンクの隆起した部分が露になってるぐらいだ。気にはならない。
「頭からでいいよな?」
「いいヨ!」
僕はダルそうにシャワーを手に取ってミラの頭に水をかける。
「ギャァッ!」
「ど、どどど、どうした?」
「冷たイ! えんちょー、おしっこ漏れるヨ!」
シャワーが冷水だったようで、ミラは頬を膨らませて睨んでくる。
僕は「悪い悪い」と苦笑交じりに謝り、何とかミラの機嫌を直した。
気を取り直してシャワーの冷水をお湯に。
改めてミラの頭にかけ、シャンプーを手に乗せて黄金に輝く長い髪を洗っていく。
ミラの髪が長いこともあり、毛先から毛穴まで丁寧に洗ってると結構な時間がかかったが、シャワーで泡を流し、艶やかな髪が目に入ってきた時は謎の達成感を覚えた。
綺麗に汚れを落とした後はトリートメントで髪の内側に栄養成分を浸透させ、ダメージを補修。しっかりトリートメントを洗い流して髪を洗い終える。
「ミラどうだ? 良い感じか?」
「えんちょー上手イ! 髪がツヤツヤ!」
お褒めの言葉を頂き、僕は内心喜び、ホッとした。
初めて女性の髪を洗った感想として、髪が長いと洗うのも一苦労。その一言に尽きる。
毎日、長い髪を洗う人たちがどれほど凄いか身に染みて感じた。
「洗い終わったし、僕は少し湯船に浸かるからな」
「えんちょー体! 体! まだ体洗ってないヨ!」
「体も僕が洗うのか?」
「そうそウ! 当然! 当たり前!」
そんな気は薄々していた。想定内である。
ロリとは真逆の熟成した体。性的興奮など一切覚えない。
実際、頭を洗ってる時に真上から胸や毛のないツルツルな下半身を目にしたのに、何も感じなかったどころか息子の反応もなかった。これには自分でも男性としてどうかと思う。
今この状況で何も感じない、反応しないのは都合がいいことではあるけど。
「はいはい、洗いますよ」
僕は適当に返事をしてミニタオルを手に取り、ボディソープを付けて泡立てる。
長い髪を左右に動かし、細長い首をゴシゴシ。思ったより小さな背中を上下左右にゴシゴシ。
横に行って水滴が滴る手を脇から指先まで優しく撫でるように洗う。
「はぁ、はぁ……」
初めて触る女性の体は、男性のものとは全然違った。
モチモチとした柔らかさ、プニプニとした弾力。
薄い毛一本も生えておらず、毛穴も薄く、肌はゆで卵の表面ぐらいスベスベ。
まるで、僕が好んでやまない子供の肌のよう。
頭の中でそう感じた時には既に息は荒々しくなり、鼓動は全力疾走後のようになっていた。
目の前にいるのはロリではなく、ただの女性だというのに興奮を抑えきれない。
成熟した体と分かっていても感触が未熟なせいで、敏感になった僕の手先が間違った情報を脳へ転送し続けている。そのせいか段々と体がロリのものに見えてきた。
先ほどまで大きかったはずの体が小さい。
それを不思議に思えない精神状態まで僕は到達していた。
「ふふっ……」
自然と微笑み、制御ギリギリの状態で洗い続ける。
くっきりと出た鎖骨辺りをスリスリ、そのまま流れるように立派な胸を撫で回わして洗う。
――くっきりした鎖骨?
――立派な胸?
「いや~ン! えんちょーエッチ! エッチ! おっぱい触っタ!」
「はっ⁉」
ミラのその言葉、ロリではあり得ない大きな胸の感触を掌に感じ、僕は我に返った。
荒々しくなってた呼吸を整えるため深呼吸。目を閉じて首を左右に振る。
パッと瞼を上げてミラの体を鏡越しでしっかりと凝視し、頭の中で「ミラはロリではなく女性!」という呪文を何度も唱え、何とか落ち着きを取り戻した。
「えんちょー、もしかしてエッチって言われて動揺してル?」
「はぁ、は? 全くしてないし!」
「へー、それじゃあ何で手止めてるノ?」
「そんなこと言うから止めたんだよ! い・や・が・ら・せ・だ!」
「なにそレ! えんちょー酷イ! ちゃんと仕事してヨ!」
「何とでも言え。仕事してほしいなら、これからはエッチとか言わないことだな」
言葉の最後に鼻で笑い、ミニタオルを持ってないほうの手で胸を持ち上げ、汗が溜まりやすいと聞いたことのある胸の下を擦るように洗う。胸は思ってた以上に重かった。
こんな重たいものを一日中ぶら下げてたら、首と肩が凝って仕方ないだろう。
「ほら、ミラ立て」
「ハーイ! えんちょー」
ミラをバスチェアから立たせて今度は下半身。
ミニタオルを広げ、今にも折れそうな長く細い脚を包んで上下に動かす。
股の周辺は軽く洗い、最後に足首と足の裏。
「アハハハハ……えんちょーくすぐったイ!」
足の裏を洗うとミラは大きな笑い声をあげ、片足でケンケンするように暴れ出した。
「お、おい! 危ないから動くなっ! 我慢しろ我慢!」
「そ、そんなこと言ってモ――」
ミラは笑って暴れたせいで足を滑らせたが、しゃがみ込んでた僕にしがみつきセーフ。
その状態のまま何とか足の裏を洗い終わった。
僕は額の水滴を手の甲で拭いて「ふぅ~」と大きく息を吐き、最後にシャワーでミラの体に付いた泡を落とす。
「よし、洗い終わったから浴槽に入っとけ」
「えんちょーありがト!」
綺麗になった体を嬉しそうに左右に揺らし、子供のように浴槽に飛び込む。
浴槽の跳ねた水で、僕の顔はビチョビチョ。
ミラはそんなことは知りもしないで一人で水遊びを始めた。
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