第五話
「よし!」
僕は気合いを入れ、荷物を持って玄関へ向かう。
――ガラッ!
玄関の前まで来た瞬間、いきなり扉が開き、栗毛でツインテールの若い女性が現れる。
どう見ても大人の女性。僕と同じく合法ロリ保育園で勤めてる人に違いない。
一応、挨拶しとくべきだよな。ここにいる歴は僕より先輩なわけだし。
「えっと、おはようございます」
「……」
あからさまに嫌な表情を向けられ、目を逸らされてガン無視。
ツインテールの女性は一言も発さず、軽やかなステップでどこかへ行ってしまった。
「な、何だったんだよ……」
幽霊でも見た気分だ。見たことないけど。
僕は何も見てないと自分に言い聞かせ、開いたままの扉からアロエ荘の中へ。
外観通り中は綺麗で広い。アパートというよりかは一軒家の豪邸。
新築なのか木の匂いがプンプンしている。
「お邪魔します、誰かいますか?」
僕は玄関でキョロキョロしながら、アロエ荘の住人を呼ぶが返事はない。
みんな仕事か?
いや、それはない。
そうだとしたら、ツインテールの女性が鍵を閉めて行くはずだ。
僕は靴を脱ぎ、静かに家へ上がる。
上がったのは良いもののここからどうすればいいか分からない。
廊下をウロウロして住人を探すべきか。勝手に家の中を探索すべきか。
どちらにしても、横にある荷物を自室に置きたい。
その自室すらどこにあるのか分からないのが現状。
一部屋ずつ確認することも考えたけど、リスクが大きい。
もし部屋で住人が着替えてた場合、大問題になり兼ねないからだ。
ん……どうしたものか。
「隙アリぃ~」
「うっひ!」
どうしようか顎に手を添えて考えてると、ツンツンと横腹を突かれる。
そのせいで自分でも初めて聞く声が出た。
「良い反応するねぇ」
「そ、それはどうも。それで君は?」
「えっとぉ~、住人の
おっとりした瞳に黒縁眼鏡。可愛いアホ毛がポツンとある黒髪ポニーテール。
ゆったりとしたロングTシャツの上からでも分かるぐらい胸は大きい。
さらけ出してる脚には傷一つなくムチムチ。
ふわふわしたような口調が特徴的で、聞いてるだけで謎の癒しを感じる。
合法ロリ保育園と言っておきながら、ロリ要素のない住人だ。
「僕は小好春と言います。今日から合法ロリ保育園の園長になりました」
「えっとぉ~、合法ロリ保育園とはぁ?」
「このアパートは合法ロリ保育園という名で別名アロエ荘ですよね?」
「ぷっ、あはははは……ここはただのアロエ荘だよぉ。合法ロリ保育園なんて名前はないねぇ」
目端から大粒の涙を流し、「はぁ~、はぁ~」と息を荒げて大笑いする風街さん。
ちょ、今の話……ま、マジなのか?
ってことは、今、僕かなり恥ずかしい発言をしたのでは?
今だけではない。今までずっと恥ずかしい発言をしてたのか。
状況を理解した頭が沸騰し、顔の熱が上がるのを感じる。
――あー死にたい。
海の奴、また僕を騙しやがって。何が合法ロリ保育園だ。
ここはアロエ荘という名のアパート。別名もクソもねぇーじゃねぇーか。
「今の忘れてください。お願いします」
「えー嫌だよぉ。面白いもーん! ところでさぁ、春ちゃんってぇ」
「は、春ちゃん?」
呼ばれ慣れない呼び方に思わず、その呼び方を繰り返す。
「そう~。小好春だから春ちゃん。で、春ちゃんは今日からアロエ荘に来ることになってた管理人だよねぇ?」
「管理人? 僕がアロエ荘の管理人⁉」
「海ちゃんにそう聞いてるけどぉ?」
なるほど、理解した。海の奴は全て僕が乗りやすい言い方に言い換えてたのだ。
アロエ荘は合法ロリ保育園。管理人は園長。
つまり、僕はアロエ荘の管理人になったわけだ。
これが合法ロリ保育園の真相。滅茶苦茶である。
「
三日前、海が僕に電話してきた日。理由はこれか。
「本当にこの三日間は梓ちゃんがいなくて大変だったよぉ」
「えっと、他に管理人はいないんですか?」
「あ、うん。梓ちゃんが止めちゃったから今は春ちゃんだけだねぇ」
基本、管理人は一人。何となく分かっていた。
そうなると、さっき玄関であった女性も住人か。
それよりいきなり管理人なんて無理。
管理人の仕事内容すら分からない。この状況でどうしろって言うのだ。
「春ちゃん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「あぁ、はい。あのー、風街さんに質問いいですか?」
「もちろん。あ、呼び方は天音でいいよぉ。後、敬語も禁止ねぇ」
「分かりました、じゃなくて分かったよ、天音。それで質問なんだが、僕はこれからどうしたらいい? 何か海に聞いてないか?」
「聞いてるよぉ。だってぇ、あたしが春ちゃんの案内係だもん」
それは有難い。案内係がいるだけで全然違う。これで何とかなりそうだ。
「そうだったのか。じゃあさ、僕の部屋を案内してくれないか?」
「りょーかい。あたしについてきてぇ」
天音は軽く返事し、即座に廊下を歩き出す。
僕は言われた通りその背中を追う。
「ここがねぇ、管理人室だよぉ」
玄関を右に曲がった廊下を歩き、最初にあった右の扉の前を指差す。
扉には管理人室の文字があり、間違いなさそうだ。
僕は「荷物だけ置いてくるよ」と一言告げ、管理人室の扉を開ける。
「え……ここが僕の部屋?」
あまりの散らかりように、一度部屋を出て扉を確認。
先ほど見た通り扉には管理人室の文字が書かれていた。
「梓ちゃんが暴れてそのまま出て行ったんだと思うよぉ」
一体、前の管理人――梓さんに何があったの?
このアロエ荘はそんな暴れたくなるような場所なのか?
頭にそんなことが過り、体に寒気が走る。
僕は荷物を入口付近に置き、管理人室を速足で出た。
「あ、春ちゃん。管理人室のタブレットを持ってきてぇ」
「タブレット? そんなのがあるのか?」
「うん、あるある。住人の情報や仕事内容とか大事なことは全部そこに入ってるよぉ」
そのタブレット超重要の必須アイテムじゃん。最初にそれを言ってくれ。
僕はすぐに部屋に入り直し、そのタブレットを探す。
「こ、これかな? うん、これだ。って、何でゴミ箱の中?」
電源が付いたから良かったものの、もし壊れてたら僕の仕事に大きな支障が出てたことは間違いない。でも、一番大切なタブレットをゴミ箱に捨てたくなるほど、梓さんは色々と限界だったんだと思う。
普通、どれだけイライラしていても、電子機器をわざわざゴミ箱には捨てないからな。
「タブレットあったみたいだねぇ。それじゃあ案内を続けるよぉ」
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