おとしもの

綿麻きぬ

拾えない

 いつもの道を歩いている。何も変わらない景色。周りの人は何も見ていない。僕は1人、その世界を堪能している。


 僕だけが本当の世界を見ている優越感に浸りながら、前に進む。前に出した足元には誰かが書いたメモが落ちている。僕は気づいていた。でも、きっと誰かが拾うだろうと他人任せにして通り過ぎた。何か胸が痛んだ気がしたが、飲み込んで遮断した。


 僕はゴールを目指して進んでいく。段々と景色が歪んでいくのに気づかずに、今までと同じ景色を見ていると思いながら自分から景色へと溶け込んでいく。


 今度は少し先にピンクのハンカチが落ちているのに気づいた。あぁ、ピンクのハンカチが落ちている。景色に溶け込んでいる。ただ、その景色を僕は見た。


 いつもの道を歩き終えた僕はふと世界を見る。あれだけ細部まで見えていた景色は朧気だ。なんならそこにある景色は張りぼてだ。誰かが描いた気持ち悪い景色が見えていた。


 優越感は直ぐに劣等感に変わった。自分だけが大事に抱えていた景色が誰かに奪われたような、壊れていったような、消えてしまったような、そんな感覚に襲われた。


 失ったものに気づいた僕。絶望の叫び。


 絶叫は誰にも届かず、周りの人類は僕を見ない。知っていた。僕だって見えてないし、見てないから。


 アハハ、僕は人類になったんだ。僕だけの特別な世界での特別な僕は消えていった。


 宝物のように守っていた何かは、簡単に染まって、簡単に変わって、簡単に壊れた。


 バイバイしよう。記憶も、感覚も、全てを。


 おとしもの、落とし物、堕とし物、墜とし物、オトシモノ。


 おとしたものはもうひろえないから。えいえんにおわかれしよう。

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おとしもの 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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