第16話

 智輝が帰ってから俺が夕食の準備をしていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいまー」

「おう、おかえり」


 部屋に入ってきたのは結衣である。まあ他にいないが。


 と、俺はあることに気づいた。


「ああ、髪切ったんだな」

「うん」

「似合ってると思うぞ」

「えへへ、ありがと」


 肩ほどまであった結衣の髪がショートカットになっている。

 明るめの髪色や雰囲気によく似合っている。

 俺が素直に褒めれば、結衣は嬉しそうに笑った。


「そういえば、ショートにしてるの初めてじゃねえか?」

「そうなんだよね、前からやろうかなとは思ってたんだけど」


 小さい頃の結衣は長い髪を後ろで纏めていたし、中学以降は肩ぐらいで切り揃えられていた。

 そのためショートカットの結衣を見るのは初めてであり、新鮮さも相まって普段よりさらに魅力的に見える。


「これまでの髪型で一番似合ってる気がするな」

「ほんと? じゃあこれからはショートにしようかな」

「いや、あくまで俺の感想だからアテにすんなよ?」


 なんたってクソ残念ファッションを身に纏う男の意見である。信憑性なんぞこれっぽっちもない。

 ……まあ俺の意見を反映してくれるのは嬉しいけども。


「飯そろそろできるけど、もう食うか?」

「うん」


 このまま話し続けるのもアレなので、ひとまず飯にすることに。

 といっても一人暮らし用に身につけた程度の料理スキルで用意できるレベルのものしかないため、準備はすぐに終わった。


「花火大会、もうすぐだね」

「そうだなぁ、マジで久しぶりだ」


 食べながら結衣はそう切り出した。

 花火大会は小学生の頃に行ったきりで、それからは家でゲームをしていただけである。


 ……確か、結衣が迷子になったのを皆で探したんだったか。

 そんな事があったが故に多少の記憶はある。


「今年は迷子になるなよ?」

「むぅ……小さい子じゃないんだから」

「冗談だよ、冗談」


 そのことでからかってやれば、結衣は不服そうに頬を膨らませた。

 でもドジなの治ってないしなぁ、という言葉は飲み込んでおくことにする。


「そういや今日は何買ったんだ?」

「ちょっと服買ったくらいかな。あとは葵ちゃんの買い物」

「へぇ」

「興味無さそうな返事だね」

「まあ服のことは分からんからな」


 結衣は手ぶらで帰ってきたので何を買ったか気になったのだが、どうやら家に置いてきたというだけのようだ。


「そう言うひろくんはともくんと何してたの?」

「俺ら? 俺らはいつも通りゲームしてただけだぞ」

「それもそっか」


 結衣は「当然のことを訊いてしまった」と言わんばかりの表情である。

 ゲームしてるだけなのがデフォルトというのも何とも言えない気持ちになるが……まあ事実なので仕方がない。


「それと、昨晩の件を問い詰められたな……」

「あっ」

「で、全部話した」

「えっ!? 話したの?」

「おう、お前がベッドに潜り込んできたところまでな」


 俺が言うなり、結衣の顔が真っ赤に染まる。

 恥ずかしいのならするなと言いたい。


「わっ私、部屋に行くね!」

「おう」


 結衣は残りを急いで食べ終え、リビングから一目散に逃げ出して行った。


 そんなになるほど恥ずかしいのに何故あんなことをしたのだろうか。

 ……いや、自分の冗談で自滅して意識してる俺も同類か。


「あいつが実は本気なら……なんて、そんな都合のいいことあるはずねえよな」


 結衣が冗談であんなことをするのは、ひとえに俺たちの付き合いの長さや信頼から来るのだというのは分かっているし、だからこそ変な勘違いをすべきでないことも理解できている。

 しかし、もう意識すまいと何度自分に言い聞かせても、いつまでも同じようなことを考えてしまう俺がいた。


「はぁ……取り敢えずシャワーでも浴びるか」


 食べ終わった食器を片付けながら、俺は深くため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る