線を取り除く

 少し怒っている

 けれど恐れてはだめだ。


「先輩に皆さんを、ここの特進の皆さんが先輩を好きになって欲しいから」

「誰が頼んだの?そんなこと」


 ビンビンの敵意みたいなものを感じる


 その見た目でギラギラした睨みを効かせられるときっと悠里じゃなくてもたじろぐ。


 ただそんな睨みに負けるわけにはいかない。


 これは、恋先輩に対するお節介じゃなくて、ただ通したいだけの悠理のわがままだから、精一杯通させてもらう。


「頼まれてなくても、わたしがそうしてほしいから」


「…」


 恋先輩は顔をとても歪めている

 理解できないんだろう。


 世の中はなんでも理解できることじゃないんだよ恋先輩わかりましたか?

 そう心の中で言いながら、自分が正しいと思ったことが全て正しいと思い込んでる恋先輩を変えてやる。


「なんでそんなことするのよ…!私頼んでない!私は嫌われるのが…違う!こんなバカな人たちと一緒にされることが嫌いって言ったわよね!なんで…!」


「先輩が、好きだからですよ」


 直接、顔を歪める先輩に初めて伝えた。


「わたしは先輩が好きだから、先輩に嫌われて欲しくないんです」


 あたりが少し静かになる。

 ざわつかないのは多分、女同士の友情とかそんな感じのことを思われてるからかな。


「だから、みなさんも、先輩を好きになってください」


 そう言うとまたざわつき始める。

 本当に嫌われてるんだな。


 申し訳ないけどそう思う。こんなに優しくて可愛くていい人なのにと少し悲しくも思えてくる。


「ほら、嫌われてるんだよ」

「今は嫌われてるかもしれないですけど、せめて嫌わないでほしいです。あ、あの!他にありますか?」


「ゆ、悠理!あのねぇ!なに!?いじめ?」


 恋先輩は焦ってるけど悠里は気にしない。


「嫌わないって言いましたよね?」

「うっ」


「何があっても嫌いにならないって、言ってくれましたよね?」


 そう言うと恋先輩は黙ってしまった。

 仕方ない自分で言ったことだし悠理はその言葉を信じてる。


 だから少し安心してこの作戦を決行してる。


「他にありますか?それだけで、あんな…全員から手を離さないですよね?」


 嫌いなポイントを全て洗い出して恋先輩にはそれを直してもらおうと思ったけど金髪でとかは直したらなぁって感じで次を聞く


 引き出さなければならない


「どうやったら先輩を好きになってくれますか?」

「無理だよ」


 また黒縁の人が言う。

 理路整然とまっすぐした目でこちらに向かって矢のように言葉を飛ばしてくる。


「この特進クラスは、みんなで競いながら、目標に向かって頑張ってる。この2年間は特にそうだ。競争相手であり良きライバルなんだよ」

「...」


 受けとめる。


 来たかもしれない。


 和解の糸口、いや糸口と言うよりも口実。

 そのきっかけが顔を出しそうだ。


「その目標って?」

「大学受験。君みたいな普通科の人間と違ってこっちは勉強漬けの特進に在籍してるんだ。特別なカリキュラムでいい大学へ行くために難しいテストで合格点を取って、必死に勉強してるんだよ」


 彼は熱く語る


「それをそこの天才さんはなんとも思ってない。腹が立ってしょうがないよ。理解し合えないんだ。それに...」


「それに?」


「普通科の人は知らないと思うけど、特別推薦制度ってのがあるんだ」


 来た。


「うちが進学校なのは知ってるよね?特別推薦ってのはそのつてを生かして大学への主席入学を確約する推薦制度なんだけど、みんなそれを目指してる」


 あの日の夜、恋先輩のお母さんに聞いた。

 恋先輩に入学してもらいたくて学校側がした特別推薦の確約。


 天才がさらに特別推薦を使えば学校的にも箔がつくからって言ってたっけ。


「だけど、そこの天才さんがいるせいでみんなの目標は消えた。一枠しかない特別推薦をあんなふざけた格好をした天才に奪われて、仲良く出来るわけがないだろ」


 やっぱり特別推薦を取られたから、みんな怒ってる。

 努力する一つの目標を消されたようなものなんだろう。

 高校球児は甲子園目指してる野球の練習したのに、その地区から甲子園に出場する高校はもう決まっててもう枠がない。的な


 上手くなりたいとは思うけどその先の目標がないと少し気分は落ち込むよね。

 そんな男の子みたいな例え話を頭で浮かべる。


「そんなの、私だって別にいらないのに」


 恋先輩はボソリと呟く、ただその言葉がいけなかった


「そ...その!そういうところだよ!高杉!君はみんながほしいものを持ってる!なのに、こんなものと言わんばかりの振る舞いだ!それにみんな腹を立ててるんだよ!」


 聞こえていたのか、黒縁の人は急に大きな声を張り上げた。


「そうだよ」

「もうやめればいいのに」


「バカにしてるでしょ…!」


 露骨にざわつき始めた。

 気づけばこの教室には敵意みたいなのが炎みたいに揺らめいて溢れている。

 色で言うなら黒。黒バラは捨てたのに気づけばあたりが黒く染まっている感じがする。


 あぁきっとこんな中で恋先輩は生きてきたのかな。

 ここまでとは正直思わなかった。罪悪感で押しつぶされそう


「だから…無理なのよ」


 隣で恋先輩は…顔を歪めて辛そうにしている。


 思い出してしまう。


 暗い用具室の中で男の子に囲まれた時を思い出してしまう。

 強い悪意や、敵意に吐き気までしてくる。


 本当に上手くいくのか、自信がなくなってくる。

 でも…でも!


 恋先輩を勘違いして欲しくない。

 正しく理解すればきっとみんな恋先輩を好きになるはずなんだ。


 だからまず理解してもらうために今恋先輩とのこの人たちの間に引かれている線みたいなものを取り除く。

 今回はそのためにわざわざ恋先輩にもきてもらったんだ。

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