【案件中止】終末の飛竜実況は打ち切りです!?【ゲーム実況?/マコトchannel】
頭がクラクラする。鈍い音が遠くで響いている感覚。
とりあえず、一回シャワー浴びて、次の案件動画を作らないと。ああ、でも先に明日の夜の案件配信の準備をしなくちゃいけないのか。サムネ作って、ゲームの練習して……。
「……と」
あ、でも日付変わってるから、今日の夜か。
「……こと!!」
動画出すのって、明日? あとでメール見返して確認しないと。そういえば、ヴォイドさんとオタクさんからもメッセージ来てた気がするな。
「……ま……こと……!!」
とりあえず、お茶飲んで……。違う、シャワー浴びて、アレ、動画作るのが先だった? あ、いや、動画は一回作った奴を見てもらってる最中で……? うん、そうだっけ?
「真琴!! ねぇ、聞いてる!?」
「あれ? ほのか? 帰ってきてたんだ?」
「違うよ。今から学校。もう朝だよ」
「ああ、そっか、だから、日付が変わってるから今日の夜に……」
「ねぇ、真琴。私、今日学校休むから」
……いつのまにか、可愛らしい制服姿の少女が私の前に立っていた。軽い編み込みをしているほのかは、これから学校に行くようだ。……いや、今この娘、休むって言ったよね!?
「あ、ほのか、風邪ひいてるの? どこか体調悪い?」
「私じゃなくてマコトの体調が心配!! 目のクマも酷いし、顔色もいつもより酷いよ!!」
「いつもよりは余計なんじゃない!?」
突然の罵倒に驚いて、ツッコミを入れると、ほのかは安堵したように微笑んだ。けれど、その笑みは私の知っている物よりもずっと固く、何かを堪えているかのようだった。
「今の真琴は誰のために頑張ってるの?」
「もちろん、ほのかの為だよ?」
いつものように少し冗談めかして笑って、彼女の体を引き寄せて抱きしめようとする。
しかし、やんわりとそれを断られて、綺麗な瞳がまっすぐに向けられる。焼き焦がすように熱っぽくて、雫がこぼれそうなほどに潤んだ目は、私に罪悪感を抱かせた。
「本当に、私の為?」
再びの問いかけ。「もちろん」と言おうとして――なぜか、頷くことが出来なかった。
砂でも詰められたように喉の奥が渇いて、口が動かない。
「本当に、私のために頑張ってるの?」
――違う。
とっくに、ほのかの為なんかじゃない。
「私が頑張ってって言ったからなの? 私に何かしたくて、頑張ってるの? だったら、どうして私の顔を見れないの?」
顔を向き合わせている。けれど、彼女が言いたいのはそういうことじゃない。
「……私、何のために頑張ってたんだろう」
ああ、思わず声が漏れてしまった。ここ数日の努力を否定してしまう。
でもそれでいいと思った。この現状から解放されるなら、今までを否定しようが、誰かに認められないとしても、私が私を嫌いになろうが。……逃げられるなら、それでいい。
「私、ずっと、何のために頑張ってるのか、分かんなくて。やめたいって思いながら、配信して、動画作って、楽しくないって、言いながら……」
「うん。いいよ。全部言って。我慢しなくていいから。私が、一日中傍に居るから!!」
「案件なんてやりたくない。後出しで文句付けられるし、増田は高圧的で怖いし、あれこれ指示されるの好きじゃないし、もっと楽しい配信したい。意味わかんないボケとかしてリスナー困らせたり、コラボ相手に好きとか言ってリスナーの嫉妬煽ったり、ゲームやってリスナーにカッコイイとか言われたりしたい」
「案件やってても、ボケたら『それなしで』って言われるし、カッコつけても『もっとコミカルに』って言われるし、いつもみたいに動画作っても『これじゃつまんないですね~』って言われるから、もうやりたくない!!」
「……リスナー困らせたり嫉妬させたりしてるのが楽しかったんだ!?」
なんだかほのかに呆れられてしまったようだが、今の私にはそれすらも心地いい。
ああ、そうだ。仕事を辞めてまでやりたかった配信業。こうやって、自由に楽しめるから、やりたいと思ったのだ。
引っ込み思案で、人と会話するのが苦手で、年下の女の子に甘やかされて喜んでいるようなダメ人間でも、配信をしているときは皆に認めてもらえる。かっこいいって、すごいって、面白いって、皆が言ってくれるから続けてるんだ。
――そう言われたいから始めたんだ。
不安定で、ほのかに負担を強いてまで、配信者を選んだのは、憧れてたからだった。
「ほのか、私、案件止めたい。止めてもいいかな?」
「違うでしょ。真琴は、本当はなんて言いたいの? ちゃんと聞いてあげるから、言って」
ああ、そうだ。止めていいかな? じゃないんだ。
「私、案件なんてやめる。あんなクソゲ―、もう二度とやらない」
「よく言えました!!」
「ありがとう。おかげで目が覚めた……。いやまだ眠いっちゃ眠いんだけど」
「目が覚めたって、そういう意味じゃなくない!? ……意外とすぐに調子取り戻したね。真琴らしくて好きだよ」
「うん、私も、ちょっとはこういう自分を好きになれた。もちろん、リスナーとかコラボしてくれた人のおかげって部分もあるけれど、一番はやっぱりほのかのおかげだよ」
「ほのか、ずっと私の傍に居てくれてありがとう。これからも、一緒に居てくれる?」
「当たり前じゃん。真琴が私を救ってくれた日から、私の全部は真琴のためにあるよ」
「私も。ほのかが私を認めてくれたあの日から、私の全部はほのかに捧げる」
それ以上の言葉はなく。顔を見合わせた私たちは優しいキスをした。
触れるだけのたった一瞬。
「ほのか、続きは、もう少しだけ待っててくれる?」
「嫌だって言ったらどうする?」
「じゃあ、もう一回だけするから、コレで我慢して?」
「……分かった。でも、あんまり待たせないでね?」
「うん。ほのか、大好きだよ」
先ほどまでとは違う意味で瞳を潤ませるほのかを話しつつ、彼女の制服を整える。
「ほら、学校遅刻するよ? いってらっしゃい」
「この気分で行くの嫌なんだけど? 休んじゃダメ?」
「うーん、ダメ。私、これから最後の頑張りをしなくちゃだからさ。ほのかが帰ってきたら、真っ先に私に抱き着いてほしい」
「何そのお願い……。まぁ、いいけどさ!!」
ほのかが学校に行ったのを見送ると、増田に向けて断りの連絡を入れる。
急ではあることを謝罪しながらも、配信と動画作成によって十分に仕事を果たしたことを伝えて、金輪際、案件を引き受けないと言い放った。
『スケジュールに不都合あれば、調整しますので!! どうか、今日の配信まではお願いします!!』
当然、引き留めるようなメッセージが届くが、今の私には後ろ髪惹かれる理由も無い。
『こちらの都合で申し訳ありませんが、これ以上は引き受けかねます。通常の活動に支障をきたしてしまうので、ご理解ください』
『この案件はマコトさんにとっても、盛況の機会になると考えています。報酬の引き上げも考えていますので、どうか引き続きお願いできませんか』
『金額のお話ではありません。視聴者の反応や自分の手応えを鑑みての判断です』
なおも引き下がってくる。あまりにしつこくお願いされるので、わずかに心が揺らぐが、ほのかの言葉を思い出すと勇気が湧いて来た。
『あなたと仕事をするのはつまらないんです。楽しくないことを長々とやるつもりはありません!!』
思わず口調が強くなってしまったが、それ以上に『言ってやった』というスカッとした気分の方が大きかった。増田は面食らったように取り繕った謝罪のメッセージを送ってくる。あえてそれを無視した。
今の私にはもっと大事なことがたくさんある。
なんだかんだと慌てながら準備をして、告知も何もなしにゲリラ配信を始めた。
「皆、こんにちわ~。今日はお昼から配信してまーす。いつもと違う時間なのに来てくれた皆が大好きだよ」
いつもと違う時間。告知もしていない。にもかかわらず、徐々に視聴者数は増加していく。段々と見知ったリスナーが増えてきて、いつものような雰囲気で配信が始まった。
「今日は、前に中途半端だったギャルゲーやっていこうと思うよ」
「夏帆ちゃん、今日こそ攻略するぞ~!!」
カルボナーラ:え、こんな時間に配信してるの珍しい!?
日本橋スキンヘッド:マコくん、元気そう
A~A~:あれ、なんかちょっと燃えてたよね
「皆には、色々心配掛けちゃった部分あるよね。諸々の説明とかは、また今度、ちゃんとした機会を作って話していこうと思うんだけど、今日はとりあえず、この娘の攻略だけさせて!!」
「こういう、明るくて優しい子、めっちゃタイプだから、絶対攻略したいんだよね」
日本橋スキンヘッド:別な世界戦では、めちゃくちゃストーカーしてた娘じゃん
A~A~:今日もダメに1票
「今日もダメだと思う? え、じゃあ僕は今日こそ結婚できるに1票」
カルボナーラ:このゲーム結婚まで行かないからw
日本橋スキンヘッド:ストーカー気質出てるってwww
「じゃあ、まずは、夏帆が好きなアイスを買ってこよう」
カルボナーラ:いや前回と同じじゃんwww
A~A~:夏帆攻略耐久配信でもするつもりですか!?
「いいね、耐久配信。夏帆攻略出来るまで続けますってことで!!」
日本橋スキンヘッド:一番攻略が簡単な娘なのに、不安だ。
「大丈夫大丈夫、1時間ぐらいで終わるから」
【カルボナーラさんが500円スパチャしました】
カルボナーラ:最後まで見れなそうなんで、今のうちに攻略おめでとう代投げておきます
「待って待って!! 本当に1時間で終わらせるから。……ここで、一緒に水族館行こうを選ぶとストーカー扱いされるから、こっそりついて行くんでしょ?」
モネ:はい、マコくん終了のお知らせです
日本橋スキンヘッド:100年耐久始まったな
「えー、これダメなの!? なんで~!!」
「なんかダメだったけど、もう一回やるか~。……アハ、やっぱ配信って楽しいね!!」
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