第25話
「――、さてと。これで俺の話は終わったわけですけど……」
改めて一颯は、二人を見やった。
「質問は受け付けません。それ以外で何か言いたいことがあれば、どうぞ遠慮なく」
「……アンタは、これからどうしていくの?」
「別に。ドリームライブプロダクションのVtuberとして、クビになるまで活動していきますよ」
「……最後に一つだけ聞いてもいい? 別にアンタの素性とか、そっちの質問じゃなかったらいいでしょ?」
「それだったら、まぁ……」
その内容であれば特に問題ない。
だが、だとしたら彼女は何を尋ねつもりなのだろうか。さすがに変な質問はしてこないだろうが……。
「あ、あのさ……その……」
「は、はい」
「えっと、その……」
質問がある、とこう
心なしか頬がほんのりと紅潮して、目線も終始落ち着きがなく右往左往している。
そんなに言うのをためらうほどのことなのか? 一颯は訝し気に見やりつつはて、と小首をひねった。
口籠ったかすみが、ようやく満足に声を発したのは三分間経過してようやくのこと。
相変わらず頬は、三分前よりも更に赤らんでいる。
「こ、これからもさ……その、私達のこと、もし危ない目とかにあったら守ったりしてくれる?」
「え? それは、まぁはい。そのつもりではいますけど」
あっけらかんと一颯は返答した。
そんなことが聞きたいがためにあんなにもためらったのか? それぐらいすんなりと聞けばいいものを……。内容が想像していたよりも重大ではなかったから、一颯は唖然としてしまった。
単純にドリームライブプロダクションの仲間だから、というわけではなく。牙なき者である以上守る責任がこちらにはある。
ましてやか弱い女性が危険に晒されることを思えば、守ろうとするのは必然だ。
「ほ、本当に……? また、あんなストーカーが出てきてもよ?」
「ご心配なく。その時は遠慮なく呼んでください。すぐに駆け付けてそのストーカー、潰しますから」
「す、すっごく心強いんだけどアンタが言うとすさまじく物騒に聞こえて仕方がないわね……」
「いやいやいやいや。さすがにこの時代で殺人なんかやったらこっちがアウトですからね? 俺だって限度ってものは弁えてますから」
そう、殺しはしない。殺しはしないが、恐らく半殺し程度にはする。
ストーカー行為は女性を恐怖に陥れる最悪の行為だ。実際かすみもあの時はすっかり参っていた様子で、アイドルVtuberとしての肩書がなかったら今頃精神的に参っていた可能性は十二分にある。
そう言った輩から守る。これは契約書には一切記載されていない、いわば非営利の個人支援サービスのようなもの。
今やSNSをはじめとするインターネットは、人々の生活においては必要不可欠な存在にまで成長した。
同様に娯楽も然り。特に現代において動画投稿サイト……Vtuberの文化による影響は計り知れない。
「俺が言うのもなんですけど、かすみさんもエルさんも、多くの人達の心を救ってこられた方です。俺、少しずつですけどアーカイブ見てるんですよ?」
「え? そうなのいぶきちゃん!」
「えぇ、今後俺も配信していく身です。それならやっぱり勉強は必要不可欠だし、まずは先輩方の奴を見るのが一番ですから」
幸いか……あるいは、皮肉とも言うべきか。いずれにせよ時間だけならばたっぷりと自分にはある。
それ故に過去の配信にて、とあるリスナー達の存在を知ることができた。
真実か虚言かはさておき――そもそも疑う方が無粋というものだが。ドリームライブプロダクションのVtuberによって、救われた命が確かにある。
特に自殺を思いとどまった、というコメントにはさしもの一颯も驚愕した。
彼女らのような存在はきっと、これから先もずっと必要だ。だからこそ守らなければならない。一颯は思った。
「自殺者を改心させた、不登校だった子が自分なりに生きる道を見つけた……その場を盛り上げるだけの嘘じゃないのかっていう疑念が出ても仕方ないのかもしれませんけど、でも本当だったらこれはすごいことですよ」
「あ~……そう言えばなんか、そんなコメントしてたリスナーがいたの思い出したわ」
「あ、私もー! 今もお仕事が忙しいからなかなか来れないってコメントしてくれれたな」
「正直に言ってすごいって思いましたよ。俺なんかじゃ到底できない芸当だなって。だからかすみさん、エルさん……ここにはいない他の面々も含めて、皆の配信はそうやって誰かの心を救っているんですよ。だったら、そんなすごい人を守るのは当然じゃないですか?」
「一颯……」
「うぅ……いぶきちゃん~」
これは別段、大したことを言ってはいない。
ごくごく当たり前、そう認識していることを一颯は口にしただけにすぎないのだから。
後は、食い扶持を失いたくない。理由としてはむしろこっちが大きかったりするが、あえて口にする必要はあるまい。
これは己が内だけに秘めておく。一颯はそう固く決意した。
「私はいぶきちゃんみたいなすごい後輩が持てて幸せだよ~!」
「いやいやエルさん、それはさすがに大袈裟すぎますよ」
「決めた!」
手をぱんと叩いたエルトルージェ。
決めた……とは、いったいなんの話なのだろう。嫌か予感は、特にしないが。一颯ははて、と小首をひねった。
「いぶきちゃん、前も言ったけどこれからエルさんって呼ぶのは禁止! 私のことは気軽にエルちゃんっていうこと! 堅苦しい喋り方もなしでいいからね」
「えっ!? い、いやだからそれは、前にも言いましたけどさすがに先輩相手にって言うのはちょっと……」
「いいからいいからっ! もしそう呼んでくれないと今日のこと皆にバラしちゃうもん!」
「えっ!?」
「さぁさぁ、どうするどうする~? いいのかなぁいいのかなぁ?」
「え~……」
まさか、こんなくだらないことのために脅迫の材料として使うのか!? とんでもない脅し文句に、一颯は唖然とした。
もっと有用性のある交渉であればともかく、内容が内容だけに心底くだらない。
そうまでして、自らをエルちゃんとこの娘は言わせたいようだ。
たった、それだけのことで済むのであれば……。拒否すれば本当に言い兼ねないし、交渉内容についても特段痛くも痒くもないので、一颯は呆れつつも素直に従うことを決断した。
強いて言うのであれば、これまで異性を呼ぶ際に、ちゃん付けで呼んだ試しがない。
大抵はさんだし、幼少期の頃は基本呼び捨てだった。
年甲斐もなく
「じゃ、じゃあ……本当にそうしますよ?」
「どんとこーい!」
「エ、エ、エル……ちゃん。その、これからもよろしく」
「もっちろんだよー! これからも仲良くしてねいぶきちゃん!」
「アンタ、たかがそう呼ぶのにどれだけためらってるのよ……」
「いやいやいや、かなり厳しいですって……」
大袈裟なのは重々承知しているが、なんだか大きな山場を越えたような気さえする。
今後は彼女を……エルトルージェを気兼ねない友人のように接しなくてはいけなくなった。
本人がそう望み、個人情報という脅迫の
やっぱり言わなきゃよかったかもしれない……。一颯は内心で溜息を吐いた。
どちらにせよ、後悔先に立たず。エルトルージェとはうまくやっていくしかあるまい。
「――、それとなんだけど、さ……」
不意にかすみが口を切った。
「わ、私もその……これからはエルみたいに先輩後輩関係なく、普通に接してちょうだい」
「えっ?」
思わず、あなたもですか、と言わなかった自分を一颯はすこぶる称賛したい。そんな気持ちだった。
「い、いいじゃないの! それともエルにはできて私にはできない理由でもあるの?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「おぉ! あの絵に描いたようなリアルツンデレ女子のかすみちゃんがデレてる! いぶきちゃんこれはなかなかのレアものだよ!」
「ツンデレって言うな! べ、別に私はツンデレとかじゃないから!」
「えーツンデレだってばぁ。ちなみにデレた時のかすみちゃん、すっごくかわいいんだよ?」
「へーそうなんですね」
正直かすみは今もかわいいと思うのだけど……。一颯は不思議に思った。
現実での“
ただし発する言霊には彼女なりの心優しさがある。
本当に歪んだ人物であればその言霊も、禍々しく黒々としたものになっていたはずだ。
彼女の声は正しく
最初の頃にあったとげとげしさも、今やもうほとんどない。だから一颯自身、さして意に介さず普通に接していた。
「そ、それでどうなのよ……」
「まぁ、かすみさんがそう言うのでしたら俺としては別に……」
「じゃ、じゃあそれでお願いするわ。私もあんまり堅苦しい話し方をされるのは、慣れてないのよね」
「……俺ってそんなに堅苦しい話し方、してました?」
「う~ん、なんていうんだろう。いぶきちゃんのオーラ? 的な感じが固いっていうか」
「えっと、よくわからないんだけども……」
オーラという単語を威圧感に変換すれば、エルトルージェの言い分もわからないでもない。
そんなつもりは一切なかったのに……。自分では気づかないものだ。一颯は静かに反省した。
「そ、それじゃあ改めて――これからよろしく、かすみ……ちゃん、て呼べばいいのかな」
「そこは、アンタの判断に任せるわ。これからもその、よろしくね一颯」
次の瞬間、一颯は目を丸くした。
今にして思えば、ドリームライブプロダクションに所属してはじめて見たかもしれない。
記憶にある“
今のかすみは、人生初の笑顔だった。
どの記憶にもない、生まれてはじめて目にする笑顔はさんさんと輝く陽光のように眩しくて、そして暖かく優しい。
彼女、こんなにもいい笑顔をすることもできたのか……。一颯はすっかり見惚れてしまっていた。
そこに、エルトルージェの揶揄が飛び交う。
「おぉぉ! あのかすみちゃんがめっちゃいい笑顔してる! 写メ撮って皆におーくろっと」
「ちょ、ちょっとアンタ何勝手に写真撮ってんのよ! やめなさいよ恥ずかしいじゃない!」
「え~いいじゃんかわいいんだし別にぃ」
「よくないわよ! あっ! アンタ今誰に送信したの!?」
「えへへ~秘密~」
ドタバタとスマホを取り合う最中、一颯ははたと己のスマホを見やった。
一件のメールが受信したことが表示され、中身を確認して一瞬だけ顔をハッとすると、すぐに口角をかすかに緩めた。
「……これは、後で非表示設定にしておかないとな」
一颯はそう、もそりと呟いた。
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