大型新人Vtuber戌守一颯には秘密がある~超有名事務所に配属になった「俺」、先輩たちからお家コラボしようという誘いが半端なく若干修羅場ってます~

龍威ユウ

第一章:男の娘Vtuber爆誕!

第1話

 それはある日、突然起きた。



《それじゃあ今からこのステージをクリアしていくよー!》

「ん? 誰だこの声……」



 つい最近発売されたばかりのオンラインゲーム中、その少女の声に一颯ははて、と小首をひねった。


 オンラインゲームなので、世界中の誰でもどこでもいっしょにゲームをすることが可能となった現代。


 突然乱入するという現象はもはやそう珍しいものじゃなくなった。


 また今年に入って発売されたばかりのドリームステーション5……通称DS5においては、以前なら必要だったボイスチャット機能付きヘッドホンがなくても、コントローラー経由で気軽に画面の向こう側にいる相手と話すことも容易になった。


 だからガンガン、相手の会話がこちらに通して聞こえてくる。



《うんうん! とりあえずこうやればいいのかなぁ》

《えっと……あ、ミキさん。スパチャありがとう! がんばるから応援しててね!》



 こいつ、配信者か何かか……? 一颯は怪訝な眼差しで画面を見やった。


 ゲームをプレイしながら実況をする動画配信者というのは、極めて多い。


 特に女性配信者となると入室するリスナーの数は桁がまるで違う――野郎よりも女子の方が生えるのは、まぁわからないでもないけど。



「スパチャがもらえるってことは、それなりに登録者数がいるみたいだな……」

《あれ? なんか他の声が入ってる?》



 どうやら今更ながらようやく気付いたらしい。


 オンラインゲームをするからには、こういったことは多々ある。


 自分の配信で他の声を入れたくなかったら後で編集すればどうとでもなるだろうが、生憎と今声の主がしているのはライブ配信だ。


 この事象を解決するにはオフラインで遊ぶか、はたまた同じサーバーにいる相手に直接交渉するか、このどちらかしかない。


 もっとも、後者の方については断じて承諾する気はこちらにはないけれども……。



「……さてと、それじゃあそろそろ行くか」



 今やっているのは、プレイヤー同士による協力も闘争も、どちらもプレイヤーの意志一つで選べるものだ。


 基本一ステージ毎にクリアすると言う形式ではあるが、ステージ内であれば何をしても許される――もちろん、ボイスチャットで相手を誹謗中傷するのはNGだが。


 “Kasumin”が何者であるか、それを知る術はもちろんないし、それ以前に一颯はさして興味もない。


 たとえ相手が登録者数100万越えの超大型配信者であったとしても、興味がない相手のことをどうして知ろうと思えるか。


 だからこれよりやることは、彼女のリスナーからすればさぞアンチ行為に違いあるまい。


 レベルも装備も、恐らくプレイして間もないだろうプレイヤーを一方的にボコボコにするのだから、絵面としては大変よろしくない。



《え? ちょ、さっきの声の人!? ちょ、やめてよやめてよ!》

「悪いけど、俺も欲しいアイテムとかいっぱいあるんだ。忖度する気はまったくないので、あしからず」

《この人強すぎるんだけど! ねぇどうして? ねぇどうしてそんなひどいことするの? ねぇってば》



 いきなり圧が強くなった。


 これがこの配信者の芸風……もとい、実況スタイルなのだとしたら、なるほど。


 なかなかよく完成されたと素直にそこは称賛する。


 嬉々とするリスナーにはご褒美でもあろうし、逆にそうでない者からすればただの威圧感だ。


 生憎と、こびる気も気圧される気もこっちにはない。


 この程度のことで退く、と思われていたのならば随分と舐められたものだ。


 逆に闘争本能が刺激されて、ついつい大人げもなく更に徹底してボコボコにしてしまった。



《ちょっとー! 全然勝たせてくれないんだけどー!》

「さっきから話を聞いた感じ、あなたはゲーム実況者みたいですね」

《……え? ちょっと待って。もしかしてかすみのこと知らない?》

「えぇ、どこのかすみさんかは存じ上げませんが」

《嘘でしょ? この声聞いたことない?》

「ありません」



 きっぱりと否定した。


 だって本当に聞いたことのない声なのだから……。


 知っている、と言ってもすぐに嘘だとバレてしまうし嘘を吐いてまで付き合いたくない。


 しばらくして、スピーカー越しから小さな溜息が聞こえた。


 呆れられている様子みたいだが、知らないものを知らないと口にしただけで、こちらに非はない。


 一颯はムッとした顔で、4回目となるプレイヤーキラーを果たした。



《ねぇ本当に知らないの?》

「知りません」

《それじゃあ、せっかくだから自己紹介しちゃおっかなー。君すっごくラッキーだよぉ?》

「はぁ……」

《むっ。もうちょっと嬉しそうにしてくれてもいーんじゃない?》



 興味もない相手のことを教えてもらって何が嬉しいのやら、とは口に出しそうになったが辛うじて一颯は理性でグッとこらえた。



《それでは初見様ってことで! ドリームライブプロダクション――略してドリプロ所属、アイドル系Vtuberの“天現寺てんげんじかすみ”! 今日も私はー? ぜっこうちょー!》

「……はぁ」

《いやリアクション薄ッ!》

「いや、まぁ……はい」



 “天現寺てんげんじかすみ”……どこかで聞いたことがある名前だ、ぐらいの認識はある。


 あくまでも、ぐらいだ。詳しくは知らないし興味がないから知りたいともまるで思わない。


 彼女の存在をよく知っていたなら今頃はきっと、大声で驚きもできただろうが生憎とそのリアクションは取れそうにもない。


 もちろん演技はできるが、わざとらしさは否めないのですぐにバレてしまうのがオチだからやらないが。



「名前ぐらいは知ってますよ。でもどんな配信スタイルかまでは知らないし、なにより本人を騙った偽物でしょ?」

《本物だから! まごうごとなき本物のかすみだから!》

「って言われましてもねぇ……まぁ、どうでもいいですけど私そろそろクリアしますので」



 欲しいものは大方取ったし、経験値もなかなか得ることができた。


 後はボスを倒せばクリアというところで、この自称“天現寺てんげんじかすみ”が、あろうことか前に立ちはだかった。


 弱いくせにして、さんざんやられたのにまだ戦うつもりでいるのか……?


 いい加減しつこいし、これ以上弱者に付き合うほどこっちとしても暇じゃない。



《いかさないよ? 絶対にいかさないからね? ここでかすみがぶっ倒すから!》

「…………」



 仮に……仮にだ。彼女がかの有名な大手事務所に所属する大人気Vtuber――天現寺てんげんじかすみ本人だったとしよう。


 ゲーム実況をしている、と仮定した場合このやり取りは当然ながら他のリスナーにもばっちり届いている。


 一般リスナーが、有名Vtuberとマンツーマンで会話をする。


 ガチ勢だったなら喉から手が出るぐらいほしい権利を、ファンでもないどこぞの一般人が手にしているのだから絵面的に面白いわけがない。


 自分だったら、多分荒れる。


 そうならないためにも、この配信者は今すぐにでもリスナーを重点とした振る舞いをするべきなのに、どうやら散々やられたのがよっぽど悔しかったらしい。


 こうなったらさっさと負かしてゲームを終了するに限る。一颯はコントーラーを軽く握り直した。



「――、じゃあ今回も遠慮なくボコボコにさせていただきますので、そのおつもりで」

《あっ! ちょ、ちょっと待って待って! まだこっち準備できてないのに!》

「立ちはだかった時点で準備は完了してるでしょう」

《ちょ、やめてってばー! 手加減してよー!!》

「忖度する気は一切ないと、最初の方にそう言ったはずですけどね」

《やだやだやだぁぁぁぁっ! 負けちゃう負けちゃう!》

「はい、お疲れ様でしたっと……」



 結果は、火を見るよりも明らかだった。


 最初から自称“天現寺てんげんじかすみ”が勝てる見込みは1%もなかった。


 至極当然すぎる結果だけに、特になんの感慨もなく。


 せいぜいが――あぁ、自分は自称超人気Vtuberをやっつけた、と言った程度のもの。


 嬉しくもないし、はっきりと言ってやったことは完全に初心者狩りだ。とてもじゃないが誇れたもんじゃない。



「っと、そろそろアレの時間か……それじゃあ自称“天現寺てんげんじかすみ”さん。お疲れ様でした」

《あー! 逃げるなー!》

「それは自身が勝者であった場合にのみ、使うセリフですよ……」



 まだ何かぎゃあぎゃあと喚いていたが、問答無用でゲームを終了した。


 こちらにもこちらの都合というものがある。いちいち相手の都合に付き合う道理はない。



「これでゆっくりと本来のゲーム実況ができるだろ……さてと、そろそろ準備して始めるか」



 パソコンの前まで席を移動して、マイクやカメラの調整をしっかりと確かめて――



「それじゃあ、今日もいつもどおり配信していくぞ」



 一颯はマイクに向かってそう言った。

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