12話:初配信を成功させろ!

「……五、四、三…………!」


 :きちゃあ!

 :デビューおめでとう!

 :待ってたぞおおおおおおおおお

 :かわいい

 :無言?

 :おめでとう!!

 :かわいいいいいいいいいい

 :かわいー!

 :無言かわいい!

 :がんばれー!


「……!」

 

 雪崩のようなコメントに一瞬圧倒される。

 すげぇな、これが大手のVtuberの配信。

 

 みんな、俺が、『柚須かふり』がどんなVなのか知りたがっている。

 声は? 動きは? 性格は? 雰囲気は? 

 怒濤のコメントから感じるそのプレッシャーが俺の心臓をギュウギュウと押しつぶす。まるで檻の中に入れられた珍獣になった気分だ。

 

 だけど、悪くない。

 震える手を何とか抑え、目を閉じる。

 

 視聴者のこの熱、この勢いは最初だからこそだ。さぁ、ここが肝心だ。気合い入れろ!

 目を見開き、画面に映る『柚須かふり』に挑むように相対した。 

 可愛らしい顔が俺を誘うように微笑んでいた。あの女の人には申し訳ないけど……今は俺が『柚須かふり』だ!


 片手で喉の調子を整え、思いっ切り胸の奥へ息を吸い込む、そして、いつも通りに……吐き出す!


「――!」


 だが、声が出なかった。ヒクつくように喉の奥が閉まり、冷や汗が背中に広がる。

 クソが! びびってんじゃねぇよ! 出ろ! 出ろ! 出ろっ!!

 

 焦りと情けなさで頭の中がこんがらがる。灯がともったみたいに耳が熱い。

 クソクソクソ! 出ろよ俺の声!

 

 パニックになりかけたその時、ふわりと良い匂いがした。

 俺の手にそっと誰かの手が重ねられる。綺麗な手だった。真っ白で磨き立ての彫刻みたいな手。わずかに間を置いて、それが香椎さんの手だと気づいた。

 

 顔はそのままで、視線だけ横にずらし隣を見る。

 

 香椎さんとオカマが固唾を飲んで俺を見守っていた。

 二人とも俺以上に緊張した顔つきだ。オカマなんて気絶しそうなほど顔が青い。

 その様子が何だかおかしくて力が抜ける。その途端、喉に空気が通った。


「こんばんわー! 柚須かふりでーす!! みなさん初めましてー!」


 元気いっぱい、精一杯に声を張り上げる。響きが頭蓋骨を通り、脳を直に揺らす。

 良い感じだ。


 :こんばんわー! 

 :初めまして!

 :こんちゃ~

 :こんばんわ!!

 :声かわいいいいいいい

 :元気良いね!

 :可愛い! 初めまして!!

 :かわいい!! 


 反応は上々。このまま突っ走る!


 挨拶が終わり、軽く雑談した後、自己紹介に入る。

 香椎さんに目で指示すると、『柚須かふり』の背景がポップなお菓子がちりばめられたイラストからプロフィールを記載した画像へと切り替わる。


 それと同時にかふりの立ち絵画像もプロフィールの邪魔にならないように画面の右端に移った。


「じゃーん! 名前は柚須かふり ってみんな知ってるよね、知らない人は覚えて下さいね」

 

 :もう名前からして可愛い

 :誕生日エイプリルフールか

 :かわいい

 :お菓子屋さんなんだ

 :名前の元ネタって駅名?

 :初めまして!! 

 :覚えました!


 一挙一動するたびに視聴者がわっと反応してくれる。これは……かなり気持ちがいい……。って堪能してる場合じゃねぇ自己紹介しないと……。


 そのまま台本通りにプロフィールを一つ一つ、丁寧に話していく。

 好きな食べ物、アニメ、漫画、小説、映画……。

 沢山の知ってるもの、知らないもの、どうでもいいものを自分の好物としてひとまとめに話すのは違和感がある。


 だけど、好きなゲームだけは配信映えしそうなFPSやTPSが主に取り上げられていて、そこだけは本物のかふりと親近感を覚えた。

 いや、女装配信といってもやっぱりゲーム実況は人気コンテンツなわけですよ。

 

 一通りプロフィールを話したところで俺は横に座る香椎さんの方を見る。

 台本では次の話題が『お菓子作り』になっている。香椎さんもそのつもりだろう。


 だけど、それではダメだと俺の勘が告げている。このままだと凡百のVtuberの一人になって登録者数五十万なんて夢のまた夢だ。


 だから、ここから先は俺のアドリブだ。


「じゃあ次はー、ちょっと待っててねー」


 そう言うと俺はマイクに手を伸ばし、マイクのミュートボタンを押して音声を切る。


「……香椎さん、背景を最初の奴に」


「……ちょ! 台本と違うわよ!」

 慌ててオカマが口を出す。当然だ。だけど押し切らせてもらう。

 俺は再びミュートボタンを押してマイクの音声を戻す。オカマが慌てて口を閉じた。数秒の無音だったが視聴者は作業用にミュートにしたと思ってくれただろう。


 香椎さんは無言で機材を操作し、俺の指示通りに背景を変更してくれた。

 

 よし……準備は整った。


「……実はー、私はですね、プロフィールに書いてないけど得意なことがあってですね」


 :なになに?

 :気になる

 :教えてー

 :なんだろう

 :かわいい


 興味を惹かれた視聴者のコメントがわっと湧く。本当にやりやすい。なんて良いお客さんだろう。


「私……声真似が得意なんだよね。誰かリクエストとかしてくれたら、そのキャラの真似しまーす」


 :マジで?

 :自信満々だ

 :かわいい!

 :声真似!? 

 :リクエストいいの!?


 数秒間、驚きの反応が続いたあと、コメント欄が加速する。突然リクエストをしていいと言われた視聴者が思い思いのキャラの名前を出していた。それを見て俺は香椎さんに目で合図する。


 香椎さんは頷くと、自分のスマホを取りだして操作を始めた。


 その様子を視界の端で捉えつつ、配信のコメント欄を凝視する。

 スロットのリールのように流れていくコメントの中、見逃さないよう必死に目を凝らす。数秒後、やっとそれを見つけた。

 

 :神崎チナちゃんお願いします!


 俺が香椎さんに頼んだ、仕込みコメントだ。


「あ、チナ様かぁ、いいねー。見ててね皆ー」


 :え?

 :マジで?

 :チナ様!?

 :楽しみ!

 :チナ様!

 :うおー!

:えっ、可愛い


 一瞬の間を置いて、コメント欄が期待と困惑の反応で埋まる。けれども『誰?』というコメントは一つも無かった。予想通りだ。


 『くじごじ』は大手Vtuber事務所。そしてチナ様はそこのトップVだ。TVでの露出も多く、顔と名前、そしてその声は大勢が知っている。


 『くじごじ』新人Vの初配信に来るような人なら、なおさらだ。

 チナ様が直に宣伝してるというのも大きい。この配信を見ている人のほぼ全員が彼女を知っているだろう。


 俺の狙いはそこにあった。


 息を吸い、声帯に意識を集中する。そして、数時間前に聞いたあの声を思いだす。

 とろけるような甘い響き。キーは高いがキンキン声ではなく、むしろ親しみやすい、クラスの人気者が自然に出すような声色。

 イメージし、喉の奥で調律したその声を惜しみなく放つ。


「視聴者のみなさん、こんばんはー! チナだよー!」


 隣にいる香椎さんとオカマのよどみない呼吸が、急停止したのを肌で感じた。


 :!?

 :似てる!

 :本物?

 :すごい!

 :やべぇ!?

 :声かわいい!!

 :!?!?!?

 :は?!

 :チナ様じゃん!!

 :え!?

 :!?


「帰宅途中の方も多いかな、ごめんねぇ少し早かったかも」

 その反応を見て更にたたみかける。数時間前に露子と一緒に聞いた台詞を漏らさず再生する。正直、完璧とまではいかない出来映えだった。チナ様の奥から感じるいたずらっぽさというか雄々しさが表現できていない。点数でいえば八十二点ぐらいだろうか。それでも、視聴者の反応は止まらない。

 

 :すげえええええええ!

 :マジで似てる!

 :すごい!

 :かわいい! やっば!

 :本職の人?

 :声すっご!

 :!!?

 :夕方の配信のやつだ!

 :チナ様ー!!

 :かわいいね!


 コメントがリクエストを募集した時よりも更に加速する。データの取得が飛び飛びになり画面が追いつかない。空の彼方に飛んでいくような勢いで言葉の羅列が波となって流れていった。もう勢いは止まらない。

 

 っしゃあっ!!


 想定通りの流れだった。チナ様のネームバリューと露子の音漏れに感謝してもしきれない。これなら、この勢いなら――!

 

 チナ様の声を続けながら、目線を横に向ける。


 瞳をキラキラさせた香椎さんと目が合った。頬はだらしなく緩み、眉はパグみたいに垂れさがっている。にこにこにこにこにこにこにこと「にこ」が十個ぐらいは着きそうなほどの満面の笑み。

 ……こんな表情、つい最近どこかで見たような。


 一方、オカマは口をあんぐりと開けた顔で硬直している。今までに見たことの無いほどの間抜け面だった。


「よーし、どんどんリクエストしてねー!!」






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