14話:sideさな-1
私、
窓から見える博多の夜景は、万華鏡に宝石の欠片が落っこちたみたいに燦々と輝いている。時刻は午後十時半。すこし寝過ぎたようだ。学校から帰ってきてすぐ仕事だったから疲れがあったのかもしれない。
だけど何とかアラームが鳴る前に起きることができた。
これからは個人営業の時間だ。
あくびをしながら、オフィスに入るとスタッフが一人、机でうなっていた。
困った様子をしていたので声をかけてみる。
「どうしたの?」
「あぁ、お嬢。いや、ウチの新人採用担当が変なこと言ってるみたいで」
「変なこと?」
「この子、知ってますよね」
そう言って男は手にしたタブレット端末を私に見せてくる。
画面には今日初配信の新人Vtuberの映像が映し出されていた。
あぁ……確か……。
「こいつがどうかしたの」
「いや、なんか元々渡してあった台本と違う特技を披露したとかで」
「ふーん、台本破りねぇ、それで客の反応は?」
「かなり良かったみたいです」
「じゃあいいじゃん。結果が出てるんならウチとしてはケジメつけてもらう必要もないでしょ」
「まぁそうなんですが……あと他に担当が言うには『声が違う』と」
「声?」
「えぇ、面接と配信で声が違うって」
「そりゃ、面接でキャラ声する奴は普通いないでしょ」
「そうなんですが……気になった担当が配信後に電話してみたら連絡がつかなかったそうで」
「……へぇ? 住所は抑えてるんでしょ。行ってみたの?」
「はい。部屋はもぬけの殻だったそうです」
「……ふーん」
気に入らないな。
「緊急連絡先は」
「誰も出ないそうです」
全く気に入らない。
「……それでどうするの」
「担当に確認してみたところ、ひとまず本人のTwitterにDMしてみるとのことで……」
何が気に入らないかって……。
「そんなこと聞いてねぇんだよ!!」
こいつの呑気な面が気に入らねぇ!
私は男の胸ぐらを力任せに掴むと、そのままそいつの頭を豪快に引き寄せた。
突然の出来事を理解できない男が目をぎょろぎょろと動かしているのがよく見えた。
「私は、『お前の意見はどうなんだ』って聞いてんだよ」
「え、えーと、わ、私はなんとも……」
「は? お前、事態分かってんのか……うちの新人が配信初日に失踪疑惑かましてんだぞ!」
「で、ですがまだ失踪したと決まったでは……」
「ただの新人じゃねぇだろ……私が直々に宣伝してやった新人Vだろうが! 何か問題起こされて炎上でもしてみろ。それが私に、いや、うちのファミリーまで広がったらどうしてくれんだよ!!」
このSNS時代、私達にとって最も恐れなければならないものはネット炎上だ。
炎上、それはまるで世界が土台からひっくり返るようなちゃぶ台返しだ。昨日まではファンだと名乗っていた奴が口汚いアンチになり、褒めそやしていた連中がこぞって手のひらを返す。そしてただ乗っかりたいだけの馬鹿が、取り返しがつかなくなるまであることないこと言いふらし、積み上げてきた物をグチャグチャにする。
くだらねぇ奴らのくだらねぇお祭り騒ぎ。燃やして腐して灰にして後には何も残らない。だからこそ私達、配信に携わる人間はわずかな火種すら見逃さない嗅覚が大事になる。
しかし、どうやらこいつの鼻は……。
「てめぇ、鼻腐ってんのかぁ!!?」
手持ち無沙汰な手で男の鼻を思い切りねじりあげる。ぐにゅりと鼻柱が曲がっていく感触がした。
「ひぃぃぃぃいい!!」
「何が何でもそいつと連絡取れ! 担当の奴にもそう言っとけ! 総動員だ! 必ず見つけ出せ!」
「お嬢ー、そろそろ配信始まりますよ」
啖呵を切った丁度良いタイミングで、いかにもキャリアウーマン風のマネージャーが廊下から顔を出して私に声をかけてきた。いつから見ていたんだろう。
「……分かった」
スタッフを放してやり、その場に転がす。解放された男は鼻を押さえてうずくまった。指の隙間から見える鼻先が充血で真っ赤に染まっている。
「さっさと動けよ、寝転がってる場合じゃねぇぞ」
「……っ、はい!」
男はすぐに立ち上がると、スマホを取りだし、すごい勢いで廊下に飛び出していった。……最初からやれっての。
「……そういえばお嬢、おやっさんから例の件についてコメントがほしいと」
飛び出した男と入れ違いで、マネージャーが部屋に入ってきながらそう言った。
「え!? パパから!? ……わ、分かった、後で連絡するって言っておいて」
「それが、留守電でもいいからすぐに返事をしてくれと」
「えー……もうしょうがないなぁ……じゃ、じゃあマネージャー廊下出てて」
「なぜですか、はっきり言ってくれないと伝わりませんが」
こ、こいつ、私に言わせる気か。というか言わない限りテコでも動きませんが? って顔してるし。あぁ、まったくもう!
「恥ずかしいからあっちいってって言ってるの!」
「はい、かしこまりました。お嬢可愛い」
「うるさい!」
マネージャーがとてとてと歩き去り、ドアを閉めたのを確認すると、スマホを取りだしパパに電話をかける。数回コール音が鳴った後、留守番電話に切り替わった。毎日聞いてるパパの声だ。……最高。
「あ、パパ? うん、新しい衣装すっごく良かったよ、私にすっごい似合ってるし! 特にあの銀色のアクセが最高に可愛くてー、私アレ大好き! 新しい衣装見てたらやる気がドンドン出てきたし私頑張るから、だから次も絶対に見ててね! お願いだよ! あとね……、ううん、なんでもない。じゃあ、今から配信だからまたね、パパ!」
言うだけ言って、留守電を切る。
「……はぁー」
「それではお嬢、配信の準備をしましょうか」
ふたたび、計ったようなタイミングでマネージャーが扉から出てきた。その後ろから、配信専属スタッフ達がぞろぞろと部屋に入ってくる。
「おまえ……絶対、盗み聞きしてただろ」
「代紋に誓って違います」
――
「連絡がつきました! 配信後、近くのスパ銭に行っていたとのことです!」
スタッフの準備も整い、あとは配信時間を待つだけという段階になったとき、先ほどの男が、息を切らしながら部屋に飛び込んできた。事情を知らないスタッフは突然入ってきたそいつを「なんだ?」という顔で見つめている。あのバカ、ノックぐらいしろや。
「へー、良かったね」
泣きそうな顔になっている男を一瞥すると、さっさと部屋を出ろとジェスチャーで指示をする。男はその意図に気づいたようで、口を横一文字にしコクコクと頷いた。
「あぁ、ついでにもうちょっと調べておいて。その……『柚須かふり』ってやつのこと」
「は、はい!」
男は、気をよくしたのか元気よく返事をするとドアも閉めずに走り去っていった。バカが……。まぁ、でも許してやるか。
開けたままのドアは他のスタッフが閉じてくれた。そのスタッフに笑顔でありがとうを伝える。
「……ったく、やりゃできんだから腑抜けてんじゃねぇっての……私のファミリーなんだからさぁ……っと」
ふと出た言葉に口を押さえ、周囲を確認する。……誰にも聞こえてなかったようだ、良かった。
「……っっっ!!」
すぐそばにいたマネージャーが何やら手で顔を覆い床に崩れ落ちたが、まぁこいつのことは気にしないでおこう。
そんなこんなしているうちに配信時間が近づいてきた。スタッフの緊張が高まり、空気が重くなる。私はこの瞬間が大好きだ。息苦しくて、ハラハラして、それでいて全身の血液が沸騰しそうなほど胸が高鳴るこの瞬間。
さぁ、勝負といこうじゃねぇか。視聴者ども。
「それじゃー配信始めます! スタートまで五、四、三、二……!」
「こんばんはー! チナだよー!!」
神崎チナ、それが私のもう一つの名前。
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読者様へ
いつも読んでいただきありがとうございます。本当に、本当に嬉しいです。
ここで一章が終わりになります。
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