2話:放課後の幼馴染み


 放課後。

 福岡市天神の地下を南北に貫く天神地下街は帰宅する人々で賑わっていた。

 俺と幼馴染は行き交う人の流れに身を任せ、並んで歩いていた。

 俺は横目で店を眺めながら、幼馴染はスマホを見ながら歩くいつもの帰り道。


 だが、今日は違った。俺は焦っていた。今すぐ走り出したくてたまらなかった。

 しかし、そんなことはできない。


 バレないよう、隣を歩く幼馴染、小森江露子こもりえつゆこを盗み見る。

 俺と同じ高校の制服に身を包んだその少女は、手にしたスマホの画面を凝視しつつも器用にまっすぐ歩いていた。


 まっすぐに毛先が揃えられた栗色のショートボブが歩く度にふわりと揺れる。髪の隙間から見え隠れする白いワイヤレスイヤホンはさざ波できらめく貝殻のようで、彼女のアクセサリーの役目を果たしていた。顔立ちは綺麗に整っており、一見するとクラスの中心にいる陽キャっぽい華やかさがある。


 だが、彼女の持ち物はそれらの印象とはまるで対照的だ。

 手に持つスマホは推しキャラのラバストまみれ。ワイヤレスイヤホンからはアニソンが音漏れ。おまけに、大量のキャラクター缶バッチが学校指定の鞄を埋め尽くしている。


 マナーが悪いオタク。と人は思うだろう。俺もそう思う。これでも学校では礼儀正しい方と本人は言っているがどの口で……。


「何、つる?」


 考えている間に露子がこちらを見ずに言った。

 え、なんで気づかれた? 何とか誤魔化さないと、えーと。


「ちゃんと歩けよ」

 ちょうど前から人が来たので、邪魔にならないように彼女の腕を引っ張る。


「あ、ごめん。……急に視線感じたからてっきりやましいことでもあるのかと」


「人混みで歩きスマホしてるから心配したんだよ」


「ふぅん、ありがと」


 ……勘が良いなぁ!


 この察しの良さ。もしもいつもと違う行動なんてした日には、不審に思ったこいつはありとあらゆる手段で理由を聞こうとしてくるだろう。

 小学生の頃、体力測定の散々な結果を隠したら、数ヶ月間つきまとわれた記憶が蘇る。高校生にもなってそんな面倒くさいことは絶対に嫌だ。なにより俺の用事は絶対にこいつには知られたくないことなのだ。


 焦りがばれないように平均的な速度で足を動かす。

 このままのペースだと五分もせずにいつもの場所、天神駅北改札口に到着する。改札前まで二人で歩き、そこで解散するのが放課後のいつもの流れだ。


 そこに行き着けばこちらのもの。そのまま目的地へ突っ走り、目当ての物を手に入れる。手に入れた後は家に直行、手に入れた物を堪能、そして、そして――。


「~~~~~~~~~~~~~~お゛ぉつ゛っっっ、"てぇてぇ"……ッッッ!!」


 ――気づくと、露子が野武士のような雄叫びをあげて膝から崩れ落ちていた。  

 いや、何やってんだお前!?


「いや、何やってんだお前!?」思考がするりと口から滑り出た。


「つる! 見てこれ!」


 露子は上半身だけ素早く起き上がると、スマホを俺に差し出した。

 スマホにはYoutubeの画面が表示され、見なれた画面の内側にはこちらに向かって手を振っている美少女キャラクターがいた。


 目が痛くなるようなキャラだった。

 色鮮やかで目がチカチカしそうな髪、星空を詰め込んだようにギラつく瞳、人が着る物とは思えないほど過剰な装飾と衣装。

 ありとあらゆる要素に特徴が詰め込まれてて、甘ったるい外国のお菓子みたいだ。

 

 揺れるように不規則にゆらゆらと動いている彼女の姿は子供の頃に見たテレビ通話のようにも見えた。


「……今度は何てVtuberだよ」


「貴山はるちゃん!! マジかわいいの! ゆめかわなの! 足に来るタイプのかわいさなの!」


 何か見ていると思ったらまたそれか。ってか足に来るタイプのかわいさって何だ。

 

 動画サイトでの配信が日常の娯楽となってはや十数年。動画配信者の数は右肩上がりで増えている。そして、増加し続ける配信者達の中でもここ数年、大きく注目されている存在があった。それがVtuberだ。


 その最大の特徴は、直接の顔出しをせず、イラストや3DCGのアバターを使って配信を行うことだ。アバターの映像を使うことで実写に忌避感のあるいわゆるオタク層を配信活動の視聴者として取り込み、これまたオタクが大好きなゲーム実況などと組み合わせることで爆発的に人気を伸ばしている。

 

 彼、彼女らは二次元オタク達が今もっとも注目している偶像と言えるかもしれない。そして、自他共に認める二次元オタクである露子は神様を称えるように体を地べたにつけ、スマホを天に向かって突き出していた。


 場面だけ切り取ったら宗教画のようだ。綺麗に背筋が伸びてるなぁ。


 って、感心してる場合じゃねぇ!


「足にきたのは分かったからいい加減立てよ」


 俺が欲しいものは先着順だ。時間が経てば経つほど、目当ての物が残っている確率は低くなる。俺の予想では少なくとも今の時間なら確実に手に入るはず。だが、これ以上遅れたら入手は博打になるだろう。


「……立てない」


「いや尊すぎて立てないとかもういいから」


 早くしないと念願のアレが手に入らないかもしれないんだ、だから――。


「足くじいた」


「……何やってんだお前」


 俺は博打をする覚悟を決めた。


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