第十六話 出会い
対特殊異能班との出会いによって私の人生は好転した。世界の暗部から世界のために正義の鎚を振りかざすという理想の集団に出会ったと確信した。
彼らによって私が持つ力の詳細についても解析されていった。曰く、私は他人の精神に干渉して、その人物の行動を変化させることができるのだという。よくある超能力とは違って実態のない能力のため、観察や研究には時間を要したが、そう結論付けられた。
正直なところ、自分に力があることを知ったときは落胆した。父親がギリギリで手を止めていたことが、別に神様からの守護でもないことを、私は本気で悔しがった。報われると信じていたからだ。だって、そうでないと私が今まで苦しんで我慢してきたことが全部嘘みたいじゃない。
けれど、彼らの一人が私にかけてくれた言葉がある。
「あなたは自分を恥じる必要はない。あなたのその力は選ばれたのではなく、必要だから備わっているのですよ」
数えるくらいしか会う機会はなく、ある一件で帰らぬ人となってしまった、久世咲良という人物が教えてくれたことだ。
単純だけれど、私を立ち上がらせるには十分な言葉だった。
以降、私は彼らに協力をしながら大学まで進学することになったわけだが、そんなときに舞い込んできた話があった。それが七星燐のことである。
私が話を聞いたのは、なんてことはない土掛さんとの雑談の中でだった。将来、対特殊異能班に勤めることがほとんど確定していた私は、彼と多くの情報を共有していた。その中で話題に上がったのだ。
最初はなんとはなしに聞いているだけだった。ずっと追っている強力な超能力者。眼に秘密があり、それによって万能の力を有していること。そして、そんな彼女の精神状態は著しく不安定で、このまま放置しておくのは危険だということ。最初はそんな、ある種の超能力者にありがちな話ばかりをしていた。
私と対特殊異能班の付き合いがそれなりに長くなり、信頼も得、将来の仲間になることも確約済みとはいえ、それでも私は学生。話せないことが多いことくらいは知っている。それでも、その日の土掛さんは妙に言葉を濁していることが気になり、ちょっと深く追求した。
すると、土掛さんは土掛さんでどこか思い詰めていることがあったらしく、私に対していくつかの事情を打ち明けてくれた。
要約すれば、最近の監視によって、彼女の精神は一通り安定し始めていること。そして、居所は完全な把握ができており、今一度接触を図りたいこと。しかし、直接の接触はいまだ危険の可能性が高いため、より近くで彼女を観察できる状況を作りたいということだった。
計画自体は単純で、彼女が通っている高校に対特殊異能班から人を送り込むことだった。考えあぐねていたのはその人選。臨時の教師や事務員ではどうしても距離が出る。できることなら生徒としてもぐりこめる人物が欲しいと話した。
たぶん、半ば私に対する希望ありきだったのではないかと、今振り返れば思わなくもない。なにせ、私が最も適している。当時は高校卒業間近。世間では働き始める年齢でもある。これ以上ない人材は私だった。
結局、私の提案はよく吟味された、という名目で許可され、赴くことになった。その際に、七星燐に関する情報もかなり頭に叩き込んだ。
正直、第一印象は悪かった。とにかく苦手なタイプだということはすぐに直感した。なにせ、彼女はなんでも人のせいにする傾向があり、そのうえ思い込みが激しく、自分に甘い。なんとも都合のいい人種だとさえ思った。だから、初めての仕事とはいえ、若干の苦手意識のままで臨むことになった。
転校生という名目でもぐりこみ、私はできる限りの優等生を演じる。その中で彼女に接触を図り、関係を構築し、できることなら、精神的な誘導も行う。そうして最終的には対特殊異能班への協力に自然と合意させる算段だった。
いくら彼女のことが苦手とはいえ、私は初めての任務に対しての意気込みは、それそれは大きかった。じっくりと成熟した正義感が私を駆り立てていたと言ってもいい。任務に酔いしれ、私は随分と性格違いな演技をして彼女に接触した。
やはり、先行していたイメージの通り、やはり好きになることはない質だとすぐに理解した。というのも、彼女は聞いていた以上に難儀な性格をしていた。まず協調性がかけらもなかった。明らかに浮いている。聞いた話では、一年のころにクラスメイトと確執を作り、以来、誰からも距離を置かれているという。というか、彼女自身が他人と関わることを避けていた。確執の原因自体も彼女にあったから、誰も関わらなくなるのは自然なことだった。
実際、最初に話しかけたときも反応はとてつもなく薄かった。自ら壁を作り、話し相手を苛立たせる才能を持っていた。何を行っても一言しか返ってこず、彼女から話題を振ることもない。だるそうな表情を浮かべては無気力に学校生活をこなしているだけの彼女はなんというか憐れにさえ思えた。
けれど、そんな態度が彼女自身の罪悪感から来ていることを私は知ることになった。
任務だからという理由で毎日朝から話しかけていたのだが、その日はタイミングが合わず、結局話しかけたのは二人きりになった放課後の教室だった。
七星燐がいつも最後まで残っていることは有名だった。誰を待っているわけでもないのに、いつでも帰るのは一番最後、教室から誰もいなくなってからだった。その習慣は私にとってはありがたかった。どんな日取りでも、放課後だけは必ず接触の機会を得ることができる。私はそれまでも、そんな機会を有効活用しては彼女とのコミュニケーションを模索していた。
いつものように、チャイムが鳴ると、他の生徒たちはいっせいに帰りだす。多感な時期だ。やりたいことは目一杯存在し、ひと時も無駄にできないのが十代の性である。
そんな中で私は貴重な青春を無駄にし続ける彼女を待つために、いつものようにゆっくりと帰り支度をしながら、教室で二人きりになるのを待った。
けれどその日は、教室の人気がなくなる前に、彼女の方から話しかけてきた。
「今日も残るの?」
不意の声に私は思わず振り返った。声だけ誰だかわからなかったが、顔を見てさらに驚いた。
「……えっと?」
誤魔化し方もよくわからず、適当な返しをすると、彼女は思いの外鋭く私の雑なはぐらかしを指摘した。
「古典的だね。困ってるつもり?」
「そんな、ことは、ないけど……」
「なんでいつも私に話しかけるの?」
「だって、いつも一人でいるから」
「同情?」
「違うよ。話しかけたいから話かけてるの。気になるでしょ?」
「ふーん、そ」
そう言うと彼女は珍しく最後まで残らず行ってしまった。
ちょっとおかしいかもしれないが、私は妙に嬉しかったのだ。というか、正直かっこいいとさえ思ってしまった。子供っぽいところは確かにある。融通が利かないところはそれまでの学校生活で何度も見てきた。でも、あの立ち振る舞いは、昔の私に似ていると思った。つっけんどんになって、周囲から孤立していることもよく知っているけれど、それを貫き続ける人。私は高校生になるころにはとっくにやめていたけれど、そんな在り方を彼女の年齢で貫いているのが羨ましく、私は彼女を追いかけた。
周囲の人たちは数奇に思うだろう。でも、私にとってみればそれだけで十分だった。私が彼女を心の底から友人だと思うには。
普通を貫いたとはいえ、私の学生時代はそこまで順風満帆でもない。人の態度を操作できるからというのは本質ではない。それでも、それがあるせいで、それを知ったことで私はどこかで態度を無難なものに変え始めていた。だから、うまくは行った。でも、それでいいのかと、彼女を見て思ったのだ。
出会いの話はその程度。でも、いつの間にか本当に親友だと信じあうようになっていたことも事実だった。だから、最後に手を差し伸べられるのは私しかいないと思っていたのに――。
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