第九話 眼
「思い当たることはなにもないのね?」
母親が悲しそうな目で私を見ていた。なぜ瞳が潤んでいるのか、この時は理解できなかった。
「ないけど……」
私も徐々に不安になっていったことを思い出す。
明らかにただならない雰囲気だった。こうして家に彼らがそろってやって来ることは何度もあった。それこそ、こんなふうにかしこまった状態で迎え入れられたこともある。でも、今回は様子がおかしい。両親がどこか遠くにいるように感じていた。
「今日は私から大切なお話があります」
久世咲良の声色はいつもより低かった。睨むように私を見つめ、敢えて無表情なトーンで告げる。
私は彼女の声を聞きながら、内心では侮蔑していた。どうせまたお前たちのせいだ、と。その考えは最悪な形で当たっていたわけだが。
「七星燐。あなたを我々の下で直接保護観察下に置くことが決定しました」
「はい?」
感情が素直に表に出るように、思わず怒り交じりで聞いてしまった。
保護観察? 一体なんのために?
「半年前から三か月間、あなたの行動を見させていただきました。その結果、あなたは我々の下できちんとした矯正措置を受けていただくほかないという判断に至りました」
きょうせい? きょうせいってあの矯正? どうして私に?
そもそも三か月行動を見ていたって、わざわざ何も言わずに監視をしてたってこと? でも、そんなのいつものことでしょう?
けど、思えば、ここ最近は、眼を使っても以前のように咎められることはなくなった。以前なら、眼を使ったとわかればすぐに両親に通告が行き、口やかましく私を叱ったのに、めっきりなくなっていた。
でも、やっぱり疑問が浮かぶ。
「なぜ、私の行動を監視していたんです?」
「あなたに自覚があるのかどうかを確かめるためです」
「自覚?」
「はい。と言っても結論は出ているようなものでしたが」
「結論って、なにがですか?」
「正直なところ、あなたは自分の行動に対しての反省がこれまでほとんど見えていなかった。あなたは私たちやご両親の言葉にはいと返事をしますが、それはうわべだけ。結局あなたは自分のことしか考えられないようだと、今回そのことをはっきりさせたのです。結論とはそういう意味です」
何を言っているのだろうか。
反省ってなにを? 私はなにも間違えていない。あなたたちが勝手に私を盗み見て、勝手に解釈して、私を捻じ曲げただけ。あなたたちが、いや、お前たちが私をそう視たいだけのくせに。
「私もできる限りの努力はしたつもりです。ご両親からも、できるだけ学校に通い、普通の暮らしを送って欲しいとの要望を何度もいただきました。私もその意見には賛成です」
久世咲良が両親を見、そして互いにうなずき合った。
「ですが、あなた自身がとてもではありませんがそういう状態ではない。だから、一度我々の下で保護をするという結論になりました」
「なぜですか?」
「なぜ? 言葉が難しいですか? なら、わかりやすく言い換えましょう。あなたにはこれから我々と一緒に来てもらいます。大変残念ですが、あなたはご両親と離れ、我々としばらくの間過ごすことになります」
「……そうじゃない」
「では――」
「そうじゃない!」
私は久世咲良を視た。
お前だ。お前のせいだ。いつもお前の影がちらついていた。
本当は知っていた。最初に私が学校で眼を使ったとき、自分でなぜばれたのかと調べた。
すぐに視えた。私に自由はなかった。お前たちは私を見て、私に自由を与えないつもりだった。私がお前たちよりもトクベツだから。
妬みって言うんだ、そういうモノは。でも、お前たちのせいで私のフツウはずっとトクベツのままだった。私が視えるものはすべてがフツウのはずなのに――――!
「久世さん!」
土掛が立ち上がった。何やら袖をまくっている。
「あなたは手を出さないで! ここは私が抑えます」
「わかってますが、無理はしないでください」
「ええ、なんとかして見せます」
久世がこちらを見ている。いや、視ている。
知っているとも。お前たちもトクベツだってこと。そしてそんなトクベツを使ってフツウのふりをしていることも。
私だって同じ、フツウでトクベツのはずなのに。
壁ができている。どうやらそれが久世のトクベツらしい。アイツは私の眼を封じ込めることができる。まるで始めから私を否定するために生まれてきたみたいじゃないか。
でも、そんなものは意味をなさない。なさせない。
お前が私を否定するなら、私を罪人のように扱うのなら、私がお前を否定してやる。壁を作り、私を隔て、阻むのなら、それを正面から打ち砕いていやる。
――でも、一つじゃ足りないらしい。
私は彼女のトクベツの否定を視ることができる。でも、それだけでは届いていない。だから、ひとつ、重ねる。重ねると出力が落ちることは知っているけれど、今から重ねるのは増幅をさせるためのもの。減った分すら補える。
けれど、それでも至らないらしい。
世界すら私を否定したがっているのだろうか。
壁の先で両親が怯えている。抱き合って、父親はこちらを見ているけれど、母親は目を伏せて父親の胸元にうずくまっている。
どうしてこんなことになったのか。わかってる。なにもかも、目の前のコイツらのせいじゃないか。
だから、さらに、視る。
お前の否定を否定できないなら、お前に干渉し、お前もろとも否定してやる。なんでもいい。つぶれろ、倒れろ、首を垂れろ。お前が悪いんだ。お前が私を否定するから、本当はしたくもないけれど、お前のすべてを否定するんだ。
でも、三つ重ねると最初の二つの出力も落ちる。
だから、四つ目。
これ以上はやったことがないけれど、やるしかない、私のために。
増幅は視ている。だから次は複製を視る。
わかってる、本当は危ないって。でも、やる。やらなくちゃいけない。視るんだ、私を。
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