この恋心、温めてもいいんでしょうか ~告白ゲームからはじまる恋物語~

マクスウェルの仔猫

第1話 昔、昔のこと。


 むむ。


 洗面所の闘い、強敵です。 


 ぴょこん。


 はねた髪が、朝から私に挑んでいます。


 もう!

 朝の一分は大事なんですよ?

 大人しくしててください!


 ぴょこん。


 むむう。


よる! 鏡、使わせてー! どいたどいたぁ!」


 でででで!


 あ、お姉ちゃん。

 あああ。


「あうー」


 で鏡のすみっこに押し出されていく。

 お姉ちゃんの全身が、ずずずいと大きくなる。

 

 鏡の中で舞う、黒髪でサラサラのストレートロング。ひょいと下げた頭には天使のっかがツヤツヤと光る。


 それ以上、何を整えますか。

 私に対する挑戦ですか。


 高校二年生になれば、こんな風になれるのでしょうか。

 

 無理ですね。あと三年どころか十年たってもこんなに可愛くなれる気がしません。


 胸が、ちくちく、と痛みます。

 もう、何年も前のことなのに。


 えいえい、えいえい。


 ちくちくさんはあっちに行きましょう。

 お姉ちゃんも早く、あっちに行きましょう。


 胸の前で、ぴん、と人差し指を立て天井に向けてまっすぐに。人を指差してはいけないのでこれが大事なのです。


「ポコポコ押されたら、夜も怒らざるをませんよ?」

「ありゃりゃ、そんな顔しないで? ごめんごめん……おっけー、整った! ありゃま、夜は寝ぐせ直んないの?」

「はい、全力で闘っています」


 いいですね。

 お姉ちゃん、そんな可愛いお顔で寝ぐせもないなんて。


 世の中、不公平です。

 

「とか、思ってるの? ほら、寝ぐせミストしてあげる」

「ふんぐ?! 何故にそのことを! あ、お高いミスト」

「ほらほら、シュッシュ~♪ ないしょ話はお口チャックしないとね」


 そんなばかな、です。

 ドライヤーさん、またまたおはようございます。


「ドライヤーで記憶、ぶわあ、と飛ばしてみませんか」

「寝ぐせ直った♪ あれ? せっかくのサラサラになった髪が台風が通過した後みたいになるけどいいの?」

「究極の選択! お姉ちゃんに人の心はないのですか!」


 ぶっはあ!

 

 あ、ひどいです。

 そんなに笑わなくても。

 涙、拭いてください。


「ははは、夜はホント可愛いなあ。ほら、髪の毛サラッサラだよ!途中まで一緒に行こ?」


 おおお!

 さすが、お姉ちゃんのお高いミストと、お姉ちゃん!


「ありがとうございます」

「ねえ、ミストじゃなくて私に頭下げてもいいんだよ?」

「いっぱい笑ったからダメです。メガネ、メガネ……」


 メガネ、どこ置きましたっけ。

 あ、あった。

 鏡の横でした。


「そのメガネ、やめたらいいのに。そもそも度は合ってる? 目を悪くするしせっかくの可愛い顔が台無しだよ」

「大丈夫です。可愛い夜など、どこにもいませんから」

「もう!」



 でも。


 私は、思うのです。


 お姉ちゃんみたいに可愛くっても。

 お姉ちゃんみたいに優しくっても。


 あの日。


 圭太君に同じことを言われたのではないでしょうか。




” お前のことなんか、何とも思ってないからな!! ”




 ステキな恋のストーリーは、白馬に乗った王子さまは、私には関係がない世界のお話なのでしょう。


 ……ちくちくさん、えいえい。

 

「夜ごめん! 駅まではお口チャックしてほしいかな!」


 ふんぐっ。


 お姉ちゃんのな、困った笑顔。

 いつも優しい、お姉ちゃん。


 怒ったところなんて、めったに見たことがない。


 ……?

 ちくちくがモヤモヤに包まれました。

 

 今は置いておきましょう。

 結論は出ているのですから。



 私には、恋物語は似合わない。

 

 誰かのステキな物語で、笑って泣いて。

 それで、十分なのです。

 

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