第8話改 最後の教えと心のベイビー

「萌葱!どうした!」

ガクガクと震え、地面に突っ伏す萌葱の肩を揺さぶる。

顔面タトゥーが、背を向けた茜の胴を抱えると、力任せに投げ飛ばした。


小さな体が地面を転がる。

力士デブが茜の腹を踏み抜くと、細い首を片手で握り、宙づりにした。


拘束を解こうとバタつかせる足が宙を蹴る。

男の手を引っ掻く指が、革手袋に邪魔をされる。

紅潮した顔が徐々に青ざめる。

大きく開かれた口元からヨダレが流れだす。

デニムの股間の色が変わり、水滴が流れ落ちた。


「おい、死んじまうぞ。」

「あ、いけね!あんま軽いから握ってるの忘れてたわw」

ナイフの男に指摘され、指を離すと、ドシャッと小便の水たまりに落ちた。


「俺がチビを相手する。お前あっちに行け。あいつはお前らの好きにしていいぞ。」

ナイフの男は力士デブを追い払うと茜の上にドカリと座る。

ナイフをしまうとタバコを吸い始めた。


「お前みたいなチビと一度したかったんだよ。

一服したら可愛がってやるからな、待ってろよ。」

茜の尻を揉みながら、下卑た笑いを浮かべた、


「なんだぁ、ヘッドはあのロリっ子がいいのか。」

「こいつは好きにしていいってよ。」

力士デブ、顔面タトゥー、耳ピアス、鼻ピアスは萌葱を足蹴にして歓声を上げた。


「どうした?恐いのか?」

萌葱は顔を上げることができずに、体を丸めて怯えている。

顔面タトゥーが萌葱を羽交い絞めにして立たせた。


「可愛いなぁ、芸能人クラスだろ!なあ、お前らそう思うだろぉ!」

「まだロリだけどよ、俺はギリいけるw」

「クラスの腐れビッチ共に比べたら天使だぜ!」

「こいつらお持ち帰りしようぜ。」

力士デブが力任せに、萌葱のTシャツを破り裂いた。


「なんだ、こいつ小便漏らしてやがる。」

「大変だ!すぐに脱がしてやらねえと!」

ニヤつく鼻ピアスがショーパンのボタンを外そうと手をかけた。

その時、頭上に黒い影が降ってきた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「あれ、萌葱と茜よ!助けないと!」

陸橋メンテ用の作業通路が顔を出した珊瑚が騒ぐ。


「珊瑚、大声出さないで、いい、奇襲を仕掛けるよ。

あいつらの上に落ちる。

どこでもいいから、あいつらの頭に体をぶつけてダメージを与える。

あそこに女刑事が見える。時間稼ぎでいい。」

夜花子の提案に皆が力強く頷いた。


「いくよ!」

4人は一斉に6mの高さから飛び降りた。


異変に気付いた男達が上を向くと、白いパンツのお尻が降ってくる。

耳ピアスは桔梗のお尻を顔面で受け止めると、頭をしこたま地面に叩きつけられた。


顔面タトゥーは蒼の両足キックで鼻柱を陥没させ、地面を転げまわる。


鼻ピアスは夜花子の稲妻キックで後頭部を撃ち抜かれ、顔面を地面にめり込ませた。


力士デブは開脚して落ちて来た珊瑚を顔面で受け止めるも、体勢を崩し後頭部を地面に叩きつけた。


4人は衝撃で地面に転がる。

しこたま体を打ち付け、擦り傷だらけになった。


一瞬にして手下を無力化した4人に、瞬間驚いたものの、相打ち同然の奇襲をかけた4人のダメージを見逃さない。

ナイフを取り出すと4人の元へ歩き出した。


「止まりなさい。傷害の現行犯で逮捕します。」

ドスの効いた地鳴りがするような低い女の声がする。

振り向くと、黒いスーツのガタイの良い女が、スチール警棒を持って仁王立ちしていた。


「ナイフを置き、いや置かなくていいぞ。

そのほうが手加減しなくてすむからさぁ。

かかってこいや!この腐れチンポのチンピラがぁ!」

そう叫ぶと、自らヘッドに向かって猛然と飛び掛かった。


ヘッドは女の気迫に恐れをなし、ナイフを捨て、逃げ出そうとするが女はそれを許さなかった。


ナイフを握っていた手に警棒を叩きつける。

骨が折れる鈍い音がする。

男の膝頭を蹴りつけ、関節を砕く。

男がしゃがみ込むと、警棒で鎖骨を砕く。

トドメと言わんばかりに膝頭で鼻骨を粉砕した。

男は鼻血を吹き出し気を失った。


女刑事はヘッドを無力化すると、まずは萌葱を抱き起した。

大きな傷が無い事を確認すると、上着を萌葱に掛け抱きしめてから、そっと地面に横たえると茜の元に向かった。


「おばさん、エコひいきだぞ。」

抱き起された茜が不満げに呟く。


「おばさんじゃありません。ママと呼びなさい。」

「ママ?」

「えっ!違う、お姉さんです!」

茜は女刑事に抱き抱えられながら、「危ない女だ」と思った。


桔梗と珊瑚が萌葱の元へビッコを引きながら辿り着き、手を握ってなにかを話ている。

夜花子と蒼は、気絶している男子を叩き起こすと、スマホの顔認証でロックを解き、女刑事に見せる。


「これが、証拠の写メです。」

自分達の裸体が映し出されいるスマホを差し出す。

女刑事はそれを受け取ると、夜花子と蒼を抱きしめた。


「絶対に流失させないから安心してね。」

そう言うと女刑事は同僚に電話を掛けた。


続々と制服警官が集まり、容疑者を捕獲していく。

男刑事の姿を見つけると女刑事が駆け寄り、スマホを見せた。


「未成年者ばかりだが悪質だな。君の友達に検事がいただろう、揉み消されんうちに先手を打とう。」

女刑事は直ぐに画像データを検事に転送し始めた。


「班長!被害者の少女たちの姿が見えません!」

それを聞いた女刑事は真っ先に走り出した。


子供たちがブルーシートハウスの前で爺さんに呼びかける。

爺さんは子供達の傷だらけの姿を見て驚いた。


「お前ら、どうしたんだ?いや、勝ったのか?」

「色々あったけど、勝った!と思う。」

茜のなんとも言えない表情を察した爺さんは、ぎゅっと抱きしめると、「よくやった」と褒めた。

茜は満面の笑みを浮かべて「うん!」と答えると、爺さんにしがみ付いた。


「お爺さん、私弱かった。

ナイフを見たら怖くて体が動かなくなった。

それで、茜の足を引っ張った。」

感情を取り戻した萌葱がボロボロと涙を流す。

爺さんは萌葱を引き寄せ、きつく抱きしめた。


「萌葱、ナイフは怖いモノだ、私も怖い。

刺されたら死んでしまうからな、怖くて当然だ。

だからと言って弱いわけではないぞ。

いいか、武術には刃物を相手にして、素手でやりあう方法もある。

これから、それらを学びなさい。

学びで解決できる問題はたくさんある。

しかしな、ひとつの弱点を克服しても、また弱点は生まれる。

道のりは長いぞ。

あせらず、一歩一歩を大切にすることだ。」

爺さんの教えを、萌葱のみならず皆が、真剣に聞き入っていた。


「そろそろ時間切れだな。」

女刑事の後ろを、警官達が追いかけてくるのが見えた。


「もう、爺さんに会えなくなるのか?」

茜は爺さんにしがみ付きながらベソをかいている。


「いずれ、また運命が交差した時に会えるだろう。

その時に成長した君達を見るのが楽しみだ。

そうだな、有名人になってくれれば、いつでも君達を見れる。

期待しているぞ。」

「はい!」

子供たちは声を揃えて返事をした。


警官に周りを取り囲まれる。

女刑事が萌葱の肩を抱き、爺さんから遠ざけた。

婦警が同様に子供たちを輪の外へ連れ出す。


男刑事が爺さんと話し、爺さんが何度か頷き、警官に両腕を掴まれ連れて行かれる。

茜が何度か拘束を振り切り、爺さんの元へ向かおうとするが、警官に阻まれる。


「流されることなく強く生きろ!」

爺さんの最後の教えに、子供たちは大きな声で答えた。


「ありがとうございました!」

子供たちは深く腰を折り、爺さんに別れを告げた。


河川敷に何台もの救急車が侵入してくる。

子供たちは全員、病院に送られた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


とある居酒屋の個室に6人の女が集まる。

彼女らは同じ大学の同期で同じサークルに所属していた。


「格闘技研究サークル」、別名「雌ゴリラ」と呼ばれたこのサークルは、あらゆる格闘技に精通した猛女が所属している。

全員が身長175cmを超えた鍛え抜かれた筋肉を持ち、心臓に毛が生えた現在28歳のアラサー女性達だった。


扶桑 蒔子まきこ 職業 刑事

山城 萌 職業 総理秘書

長門 あきら 職業 弁護士

陸奥 啓子 職業 検事

伊勢 真弓 職業 国防省諜報部

日向 友子 職業 公安


学生の時分は裏闘技場に関わりトップランカーとして名を馳せた。

卒業後は表稼業の傍ら政府公認の裏稼業に従事し、そこでも雌ゴリラの名を知らぬ者がいない有名人であり要注意人物であった。


「陸奥、山城、少年法改正の進捗は?」

「お父さんが野党に根回し中よ。まあ今回は飲むしかないよね。」

「未成年による凶悪事件は年々増加するばかりだからここらで歯止めを掛けないとね。」

扶桑は先日起きた事件の裁判を有利に進めるために、情報をチームメイトにリークし根回しを依頼している。

山城は父親の内閣総理大臣に陸奥は司法局に働きかけ着々と準備は進んでいた。


「噂で聞いたが未成年者が全員容疑者のやつか。かなり悪質だって室長が嘆いてたな。日本の未来がーってな。」

日向は梅酒サワーを飲み干すと端末で追加オーダーをした。


「扶桑、さっきから待ち受け見て何にニヤついてるの?まさか彼氏とかじゃないでしょうね?!」

長門の一言で場が殺気だつ。


「違うってば!私の可愛いベイビーよん。」

「あんた、いつの間に子供産んだの!」

山城は扶桑に詰め寄ると両肩を掴みゆすった。


「落ち着けってば!

私のお腹が大きくなった姿を見たことないでしょう。

この間保護した女の子よ。」

「そう言えばそうか。あんたビアンだったけか?」

「ちがーう!長門!この子は私の心のベイビーなの。

この子を見てるだけで癒されるの。」

「ほーん、どれ見せてみ。」

扶桑はフォルダを開いて子供たちの集合写真を皆に見せる。

その写真を見た瞬間に場の雰囲気が変わった。


「なあ・・・どうしてこの子たち傷だらけなのだ?」

日向の声が怒りで震えていた。


「未成年なんちゃらの事案に絡んでいるんだよなぁ。」

伊勢は目を血走らせていた。


「もしかして、あんたの送ってきた証拠の中にこの子がいるの?」

陸奥のこの子がどの子か分からないが扶桑が頷くと持っていた輪島漆塗りの高級箸をへし折った。


「弁護人は決まった?!まさか国選弁護人じゃないでしょうね?!私にやらせろ!必ず勝つ!」

長門がテーブルを叩くと皿が10cm浮き上がった。


「お父さんに発破かけるわ!裁判に必ず間に合わせる!」

山城の嚙みしめる下唇に血が滲んでいた。


「えーと、あんた達にもこの中に心のベイビーがいるの?」

5人はそれぞれ別の子供達を指差した。


「先ずはその写メを送信して、今すぐ!」

皆にせかされた扶桑はすぐに写メを最高画質で送信する。

着信音が鳴るとすぐにスマホを確認する面々。

そして、悲しい顔をしては顔が緩みまた怒り出すを繰り返す。

全員は捜査情報を共有すると完全勝利を目指して話を始めた。

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