第21話 講師アルテミス

 アルテミスとアテナは天界の神の中でも高位とされる、『オリュンポス十二神』と呼ばれているらしい。 『十二神』とは全能神ゼウスを主神として、男女各6人で構成される天界の統治機関のこと。 ギリシャ神話ではオリュンポス山に十二神が住まうと伝えられているが、山ではなく空中に浮かぶ12の島に住んでいるとアルテミスは言う。


 元々天界と冥界は一つの大地であったが、ゼウスが誕生する少し前にウラノスとガイアと言う二人の神によって大地が切り取られ、天界と冥界の二つの世界に分けられたのだという。 どうして分けたのかは本人達が既に亡くなっている為誰にも分からないのだそうだ。


「私達十二神以外にも神々がいて、その他に魔獣と言う様々な種族がいる。 その魔獣にも言葉を使える魔獣と、そうでない魔獣に分類されているわ 」


 何気にリーサに目線が行く。 リーサは見た目は人間そっくりで、魔獣と呼ぶにはちょっと抵抗があるけど。


「彼女も魔獣だけど、ペルちゃんに力を与えてもらってるからちょっと別格よ 」


「別格…… ですか? 」


「言うより見た方が早いかしら。 セイレーンは天界にも生息しているから、一度天界あちらに遊びに来てはどう? 歓迎するわ 」


 アルテミスはニコニコしながらクッキーをつまんだ。


人間界こちらとはまた違った雰囲気だし、あなたの知識を広げるいい機会だと思うのだけれど。 天界でも噂のあなたが来てくれたら、私に仕えているみんなも喜ぶわ 」


 噂って…… どんな噂だよ。


「知識をって、やっぱりそれなりのことを知っていないとマズイものかな? 」


 アルテミスから笑顔が消え、少し考えるように俺の顔を見ていた。


「まぁ、あなたがペルちゃんを遊びだと思うのなら話は別だけど。 彼女とこれから共に歩むのなら、あちらの世界もそれなりに知っておくべきだとは思うわ 」


 勿論考えていなかった訳ではない…… 人間界こちら冥界あちらでは、今までの生活を見るだけでも常識や価値観が全く違う。 ペルさんやリーサにばかりこちらの常識を押し付けるのは何か違うと思っていた。


「遊びなんて思ってませんよ。 出会いは偶然かもしれませんけど、彼女に奥さんになってもらって俺はとても幸せですから 」


 勘違いされないよう真剣に答えると、アルテミスはいつもの優しい笑顔に戻った。


「その言葉を聞けて嬉しいわ。 疑うような真似をしてごめんなさい。 彼女離婚してまだ日が浅いし、ハーデス様があのような方だから…… ね 」


「もしかして、ペルさんが魔方陣に閉じ込められた理由ってハーデス絡み? 」


「ええ。 浮気を問い詰めた後に、エーリス宮殿の半分を吹き飛ばしちゃったのよ。 ペルちゃんは悪くないのに! 」


 ペルさん怖ぇ……


「ち、ちなみに怒らせたら怖いのは? 」


 うーんとアルテミスは考える。


「アテナちゃんかな? 罠にはめられた戦でキレちゃった時には、島一つ消滅させちゃったことあるからなぁ 」


 神々は誰であろうと怒らせるべきじゃない…… いや、怒らせるようなことをしなきゃいいだけのことなんだけど。


「あなたは心配ないと私は思ってるけど気を付けてね 」


 唖然としていた俺を見て、フフッとアルテミスは微笑む。 キッチンで夕食の準備をしていたリーサもケラケラと笑っていた。


「そ、それじゃ 」


 俺は一つ咳払いをしてアルテミスに頭を下げる。


「まずはあちらの礼儀作法を教えて下さい。 天界にお邪魔するにしても、それが礼儀だよね 」


 彼女ならあちらとこちらの違いにも詳しい筈だ。 まず注意されたのは、今みたいに不用意に頭を下げないということだった。


人間界こちらの礼儀が悪い訳じゃないのよ? でもあちらにおいて頭を下げるというのは、相手に服従するという意味になっちゃうの。 ペルちゃんの旦那様である以上、変な誤解を生まない為にも気を付けてね 」


 日常的に頭を下げる習慣の日本人にはちょっと難しい。 その他にも無闇に驚いたり、格下に気安くありがとうと言わないように等、リーサが作ってくれている夕食を食べてからもアルテミスの講習は続いた。

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