第6話 初めての対決

 テーブルの上に描かれた金色の魔方陣から現れたのは、水牛のような二本角の仮面を被った男だった。 鈍い輝きの金色の仮面の奥に光る目は血を思わせる赤。 ペルさんと同様ステージセットのようにゆっくりと出てきて露になる体は、ボディビルダー顔負けのムキムキ。 さらにデカい!! まだ腰までしか出てきてないのに天井にぶつかりそうだ。 これ、そのままいったら……


  ゴン!


 やっぱり頭をぶつけた。  彼もやはり両手で頭を押さえて痛がっている。 天井をぶち抜かれなくて良かったが…… いや、ウチの天井は神より強いのかも。


 まるで穴から這い出るようにのそのそと魔方陣から出てきたその人は、咳払いをひとつして腕を組み直した。


「心配したぞペルセポネ。  さぁ帰ろう  」


 ペルさんとはまた違う桁違いのプレッシャーに、腹をえぐられるような太い声。 『帰ろう』とペルさんに言うのだから、この大男が多分ペルさんの夫であり冥王であるハーデスなのだろう。  色々な話でラスボスっぽく語られるイメージそのままだ。


「黙れバカ者!  よくもまぁその汚いツラを私の前に出せたものだな!! 」


「うっ!? 」


 ペルさんの一撃にハーデスは腕をほどき背中を丸めてシュンとする。 嫁に頭が上がらない夫の図…… ペルさん怖えぇ!!


「お前にはほとほと愛想が尽きた。  二度と私の前に現れるな! 」


「そう言わんでくれ。  ペルセポネ、ワシにはお前だけしかいないのだ  」


 いきなり弱々しくなった…… 未練タラタラ。


「うるさい。 メンテやレウケにも同じことを言ったのだろう?  どうせあの二人とも別れていないのだろうが!  アテナやアルテミスからもお前にナンパされたと聞いている。  恥を知れ!  」


 ペルさんに散々罵られて彼はますます小さくなり、正座までさせられる始末。 次々と女神の名前が出てくるあたり、どうやら手当たり次第浮気して離婚されたらしい。


「ところでペルセポネ、お前が膝枕をしている人間は何なのだ?  」


 ひとしきり罵られたハーデスは、やがて開き直ったように俺を睨んできた。 ギロッと嫉妬心たっぷりの目…… まあ知らない男が嫁の膝に頭をのせてるんだから無理もない。 ビリビリと神経に触るような威圧感で身体中の筋肉が固まってしまう…… やべぇ、殺されるかも。 


「睨むなバカ者!! 私の旦那様だ、お前なんかより数倍いい男だぞ  」


(煽っちゃダメだよペルさん!! )


 とは言葉に出来ず。

 

「あぁ?  旦那様だとぉ!?  」


 俺を睨めつける目が真っ赤に光った。 ビリビリと空気が震え、家がミシミシと悲鳴を上げ始めた。 ヤバい、家が……  いやこの辺一帯が吹き飛ばされるかもしれない。


「やめろバカ者!  」


 ペルさんの目も輝き始め、体全体を薄紫色のオーラが包む。


 一触即発。 どうしたらいいのかわからないが強張る体を無理矢理動かし、震える足を必死に奮い立たせて、ペルさんを背にハーデスの前に立ちはだかった。


「なんだ?  人間風情がこのワシとやり合うつもりか?  」


 ハーデスは威圧感をそのままに仮面の下で薄ら笑いをしている。 本気など出さなくても、俺など一瞬で捻り殺せるのだろう。 ケンカしたところで到底敵う訳もないが、黙ってペルさんを横取りされるのは面白くない。


「ヒロユキ、お前……  」


 背中からペルさんの驚いた声が聞こえた。


 正直怖い。  どす黒いオーラを発しているこの神様、メッチャ怖い! 考えろ…… この状況をなんとかする方法が何かあるはずだ! 


「勝負だハーデス。  俺が勝ったら大人しく帰ってもらう  」


  恐怖で震え上がりそうな体を必死に抑えながら、ひきつる喉を動かして言葉を絞り出す。 声が裏返ったのなんてどうでもいい!


「イキがるな小僧。  貴様なんぞ―― 」


「じゃんけんで勝負だ!  」


 凄みを利かせて迫ってくるハーデスの言葉を遮り、俺は大声で叫んだ。


「あぁ?  じゃんけんだと?  」


「どう足掻いたってあんたに力で勝てるわけがない。 公平に勝敗を決めれるもので勝負だ  」


「ヌハハハ……  ぬかせ小僧!  男の勝負は力だ!  闘いだ!  」


 ハーデスは大笑いして俺の目の前に拳を突きつけてきた。 『じゃんけんとは何だ?』と言われたらどうしようかと思ったが、どうやら神も知っているようで助かった。


「たかが人間風情とのじゃんけんにビビってんのか?  同じ土俵の上じゃ戦えないのかよ 」


 なんとかじゃんけんに引き込もうと煽ると、ハーデスは無言のまま肩をプルプルと震わせていた。 先ほどよりどす黒いオーラが更に大きくなり、仮面の隙間から僅かに見える口元からは白い湯気が立つ。


「まさか神様が人間からの挑戦を断るのか? 究極の三択だ、人間ごときにじゃんけんじゃ勝てないのかよ?  」


 ハーデスの目がより一層輝きを増した。  怒りがピークのご様子だ。


「…… よかろう。  ワシが勝ったら貴様を冥府に持ち帰って一万回殺してやる  」


 かかった! すかさず右手を後ろに振りかぶり、俺は間髪入れずに合図の言葉を放った。

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