ポモドーロの青い絆
ミナトマチ
第1話 8歳のトマト
少年はさっきから、こちらをチラチラと見ている少女のことが気になって仕方がなかった。
そんな少女の髪色は不思議なことに自分と同じくらい真っ赤な色をしていた。
そんなとりわけ目立つその長い赤髪が、本棚の陰から顔をちょっとのぞかせたはずみにはらりと垂れているのだ。
本棚と本棚の間のスペースにある、大きな長机の……1番窓に近くて、日当たりのいいところ。
そこが少年の定位置だったので、だからこそ、普段は見ない異様な光景…つまり、向こうの本棚の陰から、明らかにこちらを見ている謎の少女の存在がやけに気になったのだった。
その少女をよく注意して見てみると、以前親戚のお姉さんが学校に来ていく服だと言って見せてくれたのと同じような服装だったので、少年はその赤髪の女の子が、おそらく高校生というやつなのだという検討はつけることができた。が、しかしなぜこちらを見ているのかはやはり分からなかった。
どこかで会った覚えもないし、ましてや見たこともない。
しばらく考えたが、少年はやがて気にしないように努めて、また本に視線を落としていた。
謎は謎でも、少年は動物の謎の方が気になった。手にした本は大判の本で、動物の生態について書かれた少年のお気に入りのシリーズである。
「やっぱり動物好きなの?」
「……うぁっ……っ」
トーンが落とされた小さな、しかしよく聞こえる声が、少年の耳元で囁かれていた。
赤髪の少女の、身のこなしがうまいのか……はたまた少年の集中力がすごいのか。
少年は話しかけらるまで気づかなくて、驚いた拍子にイスから落ちてしまった。
「あぁ……ごめんごめん…驚かせちゃって……大丈夫?」
少女のその髪の色を引き立たせるように、制服の袖から透き通った華奢な腕が差し出されていた。
「あ、ありがとう……ございます…」
少年はおずおずと礼を言って、その手をとった。
ズイっと引き起こされる。意外にも少女の華奢な腕はパワフルだった。
「……おねーさん、だれですか?さっきも……ぼくのこと見てたよね?」
「……私?……わ、た、し……はぁぁ……うーーん、あっ!ポモドーロ!そう!私の名前はポモドーロ!そうだな…えっと……と、図書館の妖精!」
「よ、ようせい!?」
少年の目が一瞬輝いた。
しかし、どうも少年の頭の中の妖精とは違っていた。
妖精とはすなわち羽があって、小さくて、光り輝いていて…なにかこう、神聖さがあるはずなのだ。
しかし、目の前の妖精はどうなのだろう?
赤髪というのは一周回って神聖さはあるが、少年も同じような赤髪なので別段そういう感じもしない。羽もなければ小さくもなく、ただのお姉さんにしか見えない。
少年もそういったことを感じとったのか、その瞳はすぐに好奇心から疑念へと早変わりしていた。
「うそだよそんなの。ようせいって言うなら、なにかしょーこ見せてよ!」
そう言う少年のジト目を受けながら、少女、いや、図書館の妖精、ポモドーロは依然として余裕たっぷりの態度で腕を組んでいた。
「ふふん、いいわ……図書館の妖精は本を司る……あー、本と友達ってこと。で、つまりなんでも知っているわけ!もちろんキミのこともね。
「なん、で……ぼくの名前……」
七実少年の目がかっと開かれ、口があんぐりと空いている。
「なんでも知ってるのよ〜好きな食べ物はオムライスで、嫌いな食べ物は豆腐。その膝の大きな絆創膏は、一昨日の体育で転んだのよね?ニックネームは『トマト』。髪真っ赤だもんねぇ……あ、私もトマトって呼ばれてたんだよ!」
「………ようせいなのに?」
「おっと……ゴホンッ…とにかくこれで分かったかしら?私はキミのことなんでも知っているの!」
ポモドーロのかきあげた髪が、電灯に透けてキラキラしている。
「ぽ、ぽもどーろはいやじゃない?『トマト』ってよばれて……ぼく、名前も女の子みたいだからいっつもみんながからかってくるんだよ!しほちゃんがいっつも助けてくれるんだけど……」
「しほちゃん?もしかして、
「……す、すごい!友だちのこともしってるんだ!」
少年の目に再び輝きが戻っていた。
一方でポモドーロは、なぜかにやにやして頷いている。
「そうかそうかぁ〜運命だねぇ〜」
「うん?……なんのこと?」
「なんでもないよ。トマトは確かに嫌だったけど、慣れればなんでもないよ?そのうちみんな言わなくなる。名前もそうかもだけど……それよりも……うりゃ!」
「な、なになになに!?」
ポモドーロは人目も気にせず、七実に飛びついて頬や頭を撫でまわしていた。
「このほっぺ!この髪!目もおっきいし、ぐぅぅう〜〜撫でまわしたい〜」
「も……もうやってるよ!ちょ、あははっ……くすぐったい!くすぐったいよ、ぽもどーろ!」
七実もおかしくって、人目も気にせず大笑いしてしまっていた。
昼下がりののどやかな図書館には不適切であったのだろう。
すぐに図書館の人がやってきた。
「あの、他の利用者もいらっしゃいますので、図書館ではお静かに……弟さんにもよく言い聞かせておいてくださいね?」
「あ、いえ……弟では……はい……すいませんでした……」
七実は初めて、妖精は案外誰にでも見えるもので、叱られると人間みたいにシュンとするのだということを知った。
その光景がなんともおかしくって、ニヤニヤが止まらなかった。
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