70 エピローグ



 嫌だ、やりたくない! っていう私の希望は、残念ながら通らなかった。

 

 ブルザークの国を挙げての慶事は、何がなんでも! って元老院のお爺さんたちが譲らなくて。

 私も会議に出て「お金がもったいない」「晒し者になるのは嫌」「そもそも、マナー知らない」って叫んでみたんだけど、全却下。

 帝国民を喜ばせようと思わないのか! これだから元庶民はって逆に説教されて、皇帝が無礼者めって抜剣しかけて、ちょっとした騒動になった。ごめんなさい。


 というわけで――はい。レナートと私の結婚式です。


「キーラ……美しい」

「レナート……それ百回目」

「うぐ」

 

 帝国は『赤』が皇族の色なので、ドレスは深紅。大胆に肩を出しつつも、上半身はシンプルなビスチェだけれど、下はこれでもか! と重ねられたレースと、縫い付けられた宝石がきらめいている。後ろがめちゃくちゃ長い。すごく引きずるよ? と言ったら、引きずるものなんだって。

 レナートは、近衛師団長の制服にたくさんの勲章と赤いサッシェ。煌びやかな帯剣には、ありえない数の宝石が付いている。


「つかれたよー」


 まだ式は始まっていないけど、すでに疲労困憊だ。

 このドレスだって、採寸時間は長かったし、何度もお直しとか、調整とかで試着させられるし、今コルセットは内臓飛び出そうなぐらいに絞られすぎだし!

 しかも!


「重い……重すぎる……」


 首には『皇帝の赤』と呼ばれる大粒の希少なルビー。ダイヤが連なるチョーカーのど真ん中に、これでもかと君臨している。腕輪のより大きいこれは、代々皇族に受け継がれるものなんだって。

「こんなの、もらえないよ!」

 って言ったら、

「余はもっといらんぞ。いっそのこと捨てるか?」

 なんて皇帝に言われた私の気持ち、想像してください。


「がんばってくれキーラ」

「レナートぉー」

「耐えろ。今日だけだ」


 レナートはいいよね! いつも通りの服じゃん!


「横抱きで行くか?」

「ぎゃ! 恥ずかしすぎる!」

「ふは。練習通りやれば大丈夫だ」


 元老院の最長老であるメトジェイ・コウバっていう頑固なおじいさんがいるんだけど、その人の前で結婚します宣言をして、皇帝陛下から指輪を受け取って、お互いに付け合う。

 皇城のテラスから顔を出して、お祝いに来てくれた帝国民の皆さんに手を振って挨拶をした後、皇城の中庭でお茶会をしながら挨拶周りをして……


「キーラ。俺は皆に自慢したい」

「へ?」

「こんなに可愛い」

「ありがと、レナート。あ! ねね、あの夜会の時から、好き?」

「あの夜会?」

「メレランドの王女に呼び出されたやつ。ドレス可愛いってすごく褒めてくれたから」

「……うぐ」

「ちがう?」

「違う。最初からだ」

「さい……へ?」

「さ、いくぞ」


 いたずらっぽく笑う新郎にエスコートされて、光溢れる扉の向こうへと歩いていく。


 眉間のしわは、まだ無くならないけど(近衛って大変なんだって)、それも好き。


「レナート・ジュスタは、キーラ・ブルザークを伴侶とし、生涯愛し抜くことをここに誓う」


 低くて落ち着いた声も好き。


「キーラ・ブルザークは、レナート・ジュスタを心から愛し、生涯添い遂げることをここに誓います」


 私を見つめる、その、濃い青が好き……


 好きになってくれて、ありがとう。

 追いかけてきてくれて、ありがとう。


 一生、貴方と。


 ――家族で、いられるんだね。



 

 ◇ ◇ ◇




「キーラ」

「レナート。ごめん! これ急ぎのやつだから」


 サシャとロランと三人で、バタバタしている書記官執務室。近衛の仕事終わりのレナートが迎えに来てくれたけれど、残念ながらこちらはまだ終わらない。

 元老院が提出した予算案と、こちらの計算が合わなくて、バチバチにやりあっているのだ。

 ここで舐められたら、一生バカにされるから! と私が気合いを入れていることは、レナートももちろん知っている。


「分かった。家で待っている」


 二人のタウンハウスは、皇都郊外にある。広い庭と花壇がお気に入りで……


「いやいや! 何言ってんのさ!」


 ロランが大きな声で呆れる。


「もうキーラだけの身体じゃないんだから! 強引にでも連れて帰ってよ、レナート。むしろ働きすぎ」

「でも、ロランもずっと無茶してる!」

「そこまでだ。それ以上働くなら、事務官を罷免するぞ、キーラ」

「へへへへ陛下!」


 サシャが、ぴゃっと飛び上がった。

 皇帝がここに来るだなんて、滅多にないことで、全員で絶句。

 レナートがばつの悪そうな顔をしている――さては、後ろをついてきたのを黙認していたなと悟る。

 

「サシャもサシャだ。妹の身体に障るような仕事をさせるな」

 と、説教を始めた。完全にこれ、私のせいだ!

 

「しゅびばしぇ……」

「サシャ君は悪くないの! 私が!」

「はあ……キーラ。早めに休みを取らないか? 心配だ。おい、レナートもなんとか言え」

「陛下……」

「無駄ですよ陛下。同じ職場でいたいとか思ってますからね、この堅物は」

 ロランが、ジト目でレナートを見ている。

「うぐ。バラすなロラン」

「べー」


 私は大きく息を吸い込んで、

「んもう! ちゃんとこれ、やり遂げたいの!」

 と叫んだ。――みんな、あー、て顔なのなんで!

 


 私はね、今日も頑張ったなって、レナートに甘やかされる時間が、大好きなの。温かい腕の中で、頭を撫でられて、たくさんキスをしてくれるのよ。


 半年後にはそれが仕事じゃなくて、


「今帰った……今日も元気だったか? キリル。ああキーラ。今日も可愛いな。大変だっただろう? ありがとう」


 赤毛の男の子のお世話になるんだけどね。


 


 ――帝国事務官のキーラは、堅物な近衛師団長のレナートに、徹底的に溺愛されているのです。幸せ!





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 お読みいただき、ありがとうございました!m(__)m

 

 

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