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 ダイニングに、メイドのアメリと二人でパンやお皿を並べる、いつも通りの朝。

 

 レナート、ロラン、ヨナターン、ヤン。

 そして、「大将をお迎えにあがりました」とやって来たボジェクとオリヴェル。

 こうして全員が揃うと壮観だな、と私はそれぞれのカップにお茶を注ぎ入れる。


「ふう、うまいなあ」

 ヨナターンが、眉尻を下げる。

「朝だから、濃いめなの」

 メリンダおすすめの茶葉は、いつも美味しい。淹れるのもだいぶ慣れてきた。まだオリヴェルほど上手ではないけれど。


「キーラ。いや、キーラ殿下」


 ヨナターンが、背筋を伸ばして呼び掛ける。

 私は、なんとなくそんな予感がしていたので、いつもの椅子に腰掛けてから「はい」と返事をした。


「国同士の調整ごとや、協定、補償などは話がまとまった。御前試合も無事終わった。元メレランド国王の病が理由になっている都合上、晩さん会や夜会は中止となった。つまり、我々は近日中に帰国することになった」


 全員、静かにヨナターンの言葉を聞いている。


「殿下。結論を急がせてしまい誠に申し訳ございません。が……我が帝国にどうか――来て頂けませんか」


 海軍大将が深く頭を下げ、同時にブルザークの全員とロランが、頭を下げた。


 私は、淡々と

「みんな、どうか顔を上げて。私は、皆とともに帝国に……帰ります」

 告げた。


 

 レナートの顔は、見れなかった。




 ◇ ◇ ◇




「ほんとに、良かったの?」

 軍船はびっくりするほど速くて、海の上をすいすいと走っていく。初めは波が怖いし船酔いするしで、船室から出られなかったけれど、ようやく慣れてきた。


 海風に銀髪をなびかせながら、ロランが甲板での散歩に付き合ってくれる。

 

「うん」


 結局私は、レナートに――言えなかった。


 あのあと、たった二日後に私は出国した。書類や申請は全部オリヴェルが予め用意して来ていたんだって。

 

 バタバタ準備をしつつ、何回か言い出そうとはした。けれどもその度に、欲に歪んだアネット王女の醜い顔がチラついてしまって、ダメだった。自分でも、意気地無しだなって思う。

 

 せめて笑顔でお別れしようと思っていたけれど、やっぱり無理で。ロザンナやメリンダ、アメリと一緒に、寂しいよー! ってたくさん泣いた。


 レナートとは……買ってもらったたくさんの物を、持って行っても? て聞いたくらい。あとは気をつけて、とか、頑張れ、とか、当たり障りのない会話しかできなかった。


 レナートが何か言いかける度に怖くて、私がとことん避けてしまったから。もちろん、一緒にも寝なかった。


「失恋した方が、女は綺麗になるってボジェクが言ってたよ」

「……あいつ……後で殺す」

「ええ!?」

「そんなわけないでしょ! 幸せになった方が何倍も綺麗になるに決まってる」

「ロラン……ごめんね。あんなに話聞いてくれたのに。どうしても勇気が出なくて」

「責めたいんじゃない。キーラが良いなら、いいんだ」

「うん、良いの」


 私が、忘れれば良いんだから。


 忘れる。忘れるんだから。――何年かかっても。



 


 ◇ ◇ ◇




 上陸したブルザーク帝国の皇都は、想像以上に賑わっている豊かな街で、圧倒された。


 舗装された道、整備された街並み、煌びやかな門構えの様々な店、街ゆく人々の服装、馬車、食べ物の匂い。


 どれをとっても、メレランドはこれっぽっちも敵わないことを見せつけられた気がする。リマニどころか、旧王都すらも。


 私は、皇帝との謁見に備えて、『アトリエ・ミュゲ』でレナートに買ってもらったワンピースを身につけた。


「素敵な服ですね……ふむ、足がきちんと隠れていますし、華やかなリボンもアクセサリーもありますから、謁見でも問題はないでしょう。あとは髪ですが、私で良ければまとめましょうか」

 ってオリヴェルが、船から降りる直前に整えてくれたから、一安心。

 ちなみにヤンには

「わー、別人!」

 って言われた。何か返す前にもうオリヴェルが拳骨を落としていた。

 

 ロランはというと。

「ロランはタキシードだから、考えなくて済んで良いよね」

「うん。つまらないけどねー」

 だって。オシャレ銀狐め。


 そうして、馬車で港から皇城に向かうこと約半日。


「はあ。急がせて本当に申し訳ない」


 馬車から降りて、城の裏門へと自ら促すヨナターンが、苦笑する。


「とにかく陛下が、早く連れてこいとうるさくてなあ」


 ――ひええええ!

 圧が! 圧が尋常でないよ!


「ま、緊張して失敗しても大丈夫だ。会うのは陛下だけだから」


 ――ほんと!? 信じるよ!?


「……あ、違う。忘れてた。陛下の隣に変な奴もいるけど、まあ、気にするな」

「変な」

「奴……?」

 思わずロランと顔を見合わせた。

「特にロラン。気にするなよ。悪い奴じゃあない」

「え? 僕?」

「そうだ。俺がお前を何がなんでも帝国に連れて来ようとしたのはな、能力ももちろんだが、そいつの心の潤いにもなるからだ」

「「心の潤い?」」

「ま、会えば分かる」


 世間話をしているうちに、いよいよ。


「さて心の準備は良いか?」


 ――謁見の間に、着いたらしい。



 私は、頷いた。

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