5
「君を、雇おう。来てくれるよね?」
「……は!?」
有無を言わさない銀髪さんの迫力に、思わず頷きかけた。
――あっぶな!
「あの、まず、……貴方誰ですか?」
「? あ、そっか! ごめんごめん」
銀髪さんは、コホンと一つ咳払いをして、服装を正す。
「私は、ロラン。ロラン・ビゼー。メレランド王国の王国騎士団、副団長です」
「……」
絶句。言葉が出ない。衝撃。
「おーい?」
「ほほほんもの!?」
「はい。本物です。えーと、これならわかるかな?」
差し出されたのは、ここ一帯の領主であるビゼー伯爵家の紋章(町のあちこちに紋章旗があるから、お馴染みだ)と、ロランの銘が入ったナイフ。偽物かどうかなど、判別できないなと思いながら見ていると
「すごい用心深いね。じゃあ、これもどう?」
封蝋に用いる印まで出してくれた。ナイフと同じ紋章だ。ここまでくると、信じるしかない。
「なななななんで? なんでリマニなんかにいるの!?」
リマニ、というのはこの町の名前だ。
「たまたま」
「たまたまって……副団長?」
「はい」
「まさか、領主様……」
「いいえ、私は次男です。私自身も子爵位を持っていますが」
「断れるわけが」
「ないです」
「はい……」
がっくりと膝から力が抜けて、へなへなと冷たい石の床にへたりこんでしまった。
「あ、おい! 大丈夫か?」
と、急に耳に入るのはまた別の男性の声。低いが明るい。耳心地の良い声だ。
「……!」
日焼けさんだ。
銀髪さんと一緒に食堂に居た、ガタイの良い方。
「具合悪いのか? どうした?」
気遣う言葉も、優しい。
「私が名乗ったら、こうなっちゃった」
ロランが言うと、日焼けさんは額に手を当てた。
「そらあ……いきなりお貴族様の王国騎士団副団長って言われたら、ビックリだろー」
――今の私に、優しさは禁物! うっかり、ときめいちゃうから! 例えおじさまでも、この人すごくかっこいいし! 色気があるっていうか……筋肉すごいし……
「立てるか? おいロラン、すぐ釈放しろ。ほら」
乱暴にバスンと、日焼けさんがロランの胸にたたきつけるように手渡したのは、私のワックスタブレット。持ってきてくれたんだ!
「十分な証拠だ。この子、すごく真面目に売り上げ書いてる。しかも今日と昨日の分は、金庫の金とちゃんと一致した」
「へえ! でもねえ」
「まだ何かあるっていうのか?」
――イラついている日焼けさん。ありがとう! でもでも、ロラン様は貴族だから!
「あああああの! お貴族様にそんなっ」
「ん? 俺のこと心配?」
「(コクン)」
「いい子じゃねえか。あの女ぶっ殺しとくか」
「っっ!」
「こら」
「はは、冗談さ。俺はロランの友達だから大丈夫だ。ヨナって呼んでくれ」
「ヨナさん!」
「おーい。
「……」
「条件てなんだよ?」
「僕が雇おうと思って!」
「「……」」
ヨナという人は、ものすごく複雑な顔で私を振り返った。それだけで、良い人なんだということが分かった。
「あー、なんだ、そのー、キーラちゃんさ、この町ではもう、ほら」
「はい。暮らせないので、仕方ないです」
「そ、だよなあ……」
「雇うからには、ちゃんとするよ?」
にこにこするロラン。今度は……目が笑っていない。怖い。
「ロラン、お前」
「分かっているよ、ヨナ。任せてくれないか?」
はあああ~、と彼はでっかい溜息をつく。
「キーラちゃん、こいつはこの通り胡散臭いが、本当に副団長だ。何かあったら騎士団に訴えればいいさ」
「!!」
コクコクコク、とたくさん頷いた。
するとロランが、ぱん、と胸の前で手をたたいた。
「よーし、はいじゃあ今から君は、僕のメイドさんだね」
「メイ……ド?」
「うん。明日の朝、王都に連れていくからね」
「おう……と」
「釈放したら、僕の宿屋に来てもらうから。あとそうだなあ……あ、おなか減ってる?」
「あの」
「ん?」
「ヨナさん。この人、危なくないですか?」
「……否定はできんな」
「えっ、なんで? 優しいと思うんだけどな?」
――じーぶーんーでー、いーうーなー!
「あーその、いやほらお貴族様だからさ」
「なるほど……」
「え? 僕だめ?」
「「だめ」」
――その、ガーン! てショック受けた顔は、可愛いけれど。
「ど、どの辺が」
「えーとなあ、その」
「無礼を承知で、正直に申し上げても?」
「「どうぞ」」
――よし、こうなれば、自棄だ!
「そもそもが、腕輪を返す条件で雇い入れると仰ったにもかかわらず、返して頂けておりません。せめていつ返却いただけるのかを明示ください。また、雇い入れにあたっての諸条件をお聞きしておりません。メイドとして雇うということであれば、お給金、待遇についてご説明を頂きたいです」
「「なるほど」」
「王都へ向かうとおっしゃられましたが、私は拾い子のため、身分証を持っておりません。現状この町を出るのは不可能かと」
「「おー」」
――息ぴったりですね!!
「いやあ、驚いたよ! やっぱり僕の目は正しかったな」
機嫌を損ねるどころか、ロランは上機嫌になった。
「詳しい話は、宿屋で。釈放手続きしてくるね。ヨナは」
「おう。心細いだろうから、檻が開くまでここに居てやるよ。いいか? キーラちゃん」
「ありがとうございます?」
ロランが、鼻歌を歌いながら出て行き――ヨナは、肩をすくめた。
私は、思わずふふ、と笑ってしまった。
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