第2話

「蛍君?どうしたの、珍しいわねあなたが電話してくるだなんて」

「その……今日はすまなかった」

「え?」

「俺、下駄箱で綾香に話しかけられたときに少し態度がきつかったかなって思って……」


実際、あの時の俺はかなりぶっきらぼうな話し方になっていたに違いない。『みんなに幼馴染だと思われたくない』この綾香の言葉が俺の胸につっかえていたからだ。だからなるべく親しく見えないようにしようという俺なりの配慮でもあった。


しかし結果的に俺のその態度が彼女を傷つけていたのかもしれない。そう思った俺はこうして謝罪しようと電話をかけた。


だが、彼女の態度は案外あっさりしたもので……


「そんなことはどうでもいいのよ」

「え?俺、かなり冷たい印象を綾香に与えたかなって思ったんだけど」

「そのことについてもう結構。それより……」

「それより?」

「いえ、何でもないわ、おやすみなさい」


彼女はそう言うと電話を置いた。絶対何かしらの文句を言われるものだと覚悟していたが、何も言われなかった。


そういえば昔から対面では厳しい彼女だが電話や手紙など表情が見えないやり取りだと態度がいくぶんか軟化することを俺は今思い出した。電話をしたのは随分久しぶりだったからな……


俺は謝罪もそうだが『みんなに幼馴染だと思われたくない』と言った彼女の発言の意図を聞き出すつもりもあって電話していたが、今そのことを訊いて彼女の機嫌を損ねたくなかった俺はすぐにそのまま軽い挨拶をして電話を切った。


幻想かもしれないが今回の電話で長く疎遠だった距離が少しではあるが縮まった気がして余計なことをしてそれを台無しにすることを恐れたからだ。



 そして、次の日学校で俺は彼女とどう接するべきか悩んでいた。俺と彼女は同じクラスだ。

あまりに馴れ馴れしくしてはまた『幼馴染だと思われたくない』と言われてしまうだろう。これ以上嫌われるわけにはいかない。だから俺はあくまでもクラスメイトとして接するように心がけようと決めていた。ましてや名前を下の名前で呼ぶなど言語道断だ。気を付けないと……


しかも俺の名前が六角蛍ろっかくほたるなため冷泉綾香れいぜいあやかとは五十音順の関係で席が両隣だ。あまり不自然な行動をとらないよう意識しないといけない。


 俺は学校に到着するとまず自分の席についてカバンの荷物を机に詰め込んだ。

すると、教室を開ける音が聞こえたかと思うと、扉から見慣れた男がカバンを置くのも後にして俺の机の方に向かってやってきた。


「六角、また冷泉さんと隣の席とか羨ましすぎるだろ!」

「もう何回目だろうな……幼馴染で出席番号も近いとなるともはや必然なわけだけれど……」


中学からの友人の井伊いいが綾香と隣の席である俺を羨んでいる。しかし、俺としては変に気を遣わなければならないので、かなり疲れるわけだが……


そんなことを話していると、綾香が来た。


優雅で気品があって普通に歩いているだけで絵になるよな~。ってそんなのんきなことを考えている場合ではない。俺はなるべく自然な『クラスメイト』を意識しなくてはならないのだから。彼女の負担になるのだけは避けなければならない。


そんな意識をしている俺をよそに意外なことに彼女から話しかけてきた。


「蛍君、おはよう……」

「あっおはよう冷泉さん!また同じクラスになれて嬉しいよ~」

「どうも……」


おい、そんな軽い感じでいくな井伊!あ~あ、綾香がめっちゃ不機嫌になってるじゃないか。

彼女はいつもの冷酷なオーラを倍増させてそれに怒りが混ざったような威圧感を放っている。これはまずい、機嫌が悪い時はこうなるんだよな……


この威圧感に井伊は耐えきれず……


「そういえば……俺、先生に呼ばれてるんだった~じゃね、六角」

「あっ…おい…」


あいつ……綾香を不機嫌にさせるだけさせといて、自分は逃げやがった!


しまった…俺は井伊に気を取られすぎて挨拶すら返せていない。人として挨拶は基本だ。決して馴れ馴れしくないよな?クラスメイトなら当然だよな?


俺はいちいち自分の行動に自問自答しないと行動できなくなっていた。だってもう二度と、彼女から昨日のようなことを言われたくなかったからだ。



「おはよう……冷泉さん」

「……」


30秒くらい遅れて挨拶をする俺。完全に変人じゃねーか。まあ、でも仕方ない。念には念をだ。もし馴れ馴れしく無意識のうちに綾香!何て呼んだらまずいからな。


彼女は無言で俺を見ている。いや睨んでいると言った方が正しいか。何故だ?俺、何かしたか?


「苗字呼び……」

「どうした?」」

「そういう新手の嫌がらせな訳?昨日の謝罪は嘘だったってこと?私も甘く見られたものね」

「すまん、嫌がらせって何?何言ってるんだ?」

「こんな屈辱は生まれて初めてだわ……」


え??何か知らないうちに俺は彼女のプライドを傷つけたらしい。


「ちょっと誤解があるようだな……俺は嫌がらせなどしていない」

「他人の挨拶を無視した挙句、苗字呼びってこれで嫌がらせじゃないなら何なの?昨日の電話は嫌がらせを成功させるための作戦?」


えぇ……俺は、綾香と適切な距離を取ろうと思っただけなのに。だって話しかければ拒絶され、かといって普通の距離感で接しようとすれば嫌がらせと言われる何て、いったい俺にどうしろってんだ。


しかも挨拶は無視していない。30秒後に返答したから……

いやはたからみれば、俺も十分おかしな態度だよな。


しかしそれでも難解な性格すぎるだろ……。でも、彼女の方から話しかけてくるなんて珍しい。


ハイスぺ超人の彼女は今まで他人に対して譲るという行為をしていることを見たことがない。欲しいものは全て己の力で勝ち取れるだけの力があるから、他人との関係のことなど気にしなくても彼女には問題ないのだろう。


そんな彼女が挨拶をしたってことは俺に対して譲歩してくれたってことか?


よくよく考えてみれば確かに綾香からみれば俺の行動は挙動不審そのものだろう。

俺にも反省すべき点があるのかもしれない……。


俺は一連の意味不明な言いがかりに対して憤りを感じつつも確かに自分も誤解させるようなことがあったと反省していた。













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