水瀬有紀編

第3話 じゃあさ、うちに勉強を教えてくれない?

 気になっていた女の子がアランを好きになってしまうという非常につらい出来事があってから今日でちょうど2週間が経過した。結局その子はアランに告白して付き合う事になったらしく、それを聞いた俺が更なるショックを受けた事は言うまでも無い。時間が経つにつれて心の傷は癒えてきたものの、アランとその子が教室で楽しそうに話している姿を見るとかなり心が痛む。エレンのおかげで多少マシにはなっているが、つらいものはつらいのだ。


「……そろそろ俺も切り替えて行かないとな、次の定期テストも近いわけだし」


 定期テストでは学年1位の成績を取り続けている俺だったが、これは日々必死に必死に勉強しているから達成できているのであって決して天才だからではない。そのため手を抜くとあっという間に周りから追い抜かれてしまう恐れがある。学年1位というのは俺が周りに対して唯一誇れる事であり、アイデンティティでもある。だから絶対に1位の座を他の誰かに譲り渡すわけにはいかない。そんな事を思いながら帰る準備を始める俺だったが、突然後ろから誰かに声をかけられる。


「あのさー、剣城。ちょっといい?」


「えっと、水瀬さんだよな。どうしたの?」


 後ろを振り返るとそこにはクラスメイトである水瀬有紀みなせゆうきが立っていた。未だにクラスメイトの顔と名前が完全に一致しない俺だったが、水瀬さんはこのクラスで唯一のギャル系女子であるため流石に分かる。だが俺と水瀬さんは普段接点が全く無いため話す事はほとんど無い。そんな水瀬さんがわざわざ話しかけくるという事は多分俺に何か用があるはずだ。


「剣城ってさ、テストでいつも学年1位よな?」


「うん、そうだけど」


 テストの上位10名は学内の掲示板に貼り出されるため俺が入学してからずっと1位を取り続けている事は割と周りに知られている。


「じゃあさ、うちに勉強を教えてくれない? 今結構ピンチでさ」


「……えっ?」


 一体何の用があるのかと身構えていた俺だったが、突然そんなお願いをされて驚いてしまった。確かに俺は学年1位ではあるが、人に教えた経験は無いためあまり上手くできる自信は無い。それにはっきり言って水瀬さんのようなタイプの女子はかなり苦手だ。そのためどうやって断ろうか考え始める俺だったが、次の言葉を聞いて思いとどまる。


「ってのも、弟の学費を稼ぐためにバイトしまくってたら授業に全くついていけなくなっちまったんだよ」


「弟の学費を稼いでるって一体どういう事だ?」


 いかにも遊んでそうな見た目をしている水瀬さんの口から弟の学費を稼いでいるという言葉が出てきたのを聞いて、俺は思わずそう尋ねてしまった。その後詳しい事情を聞き始める俺だったが、どうやら水瀬さんの家計は今非常に苦しいようで親の稼ぎだけでは弟の通っている私立高校の学費を出す余裕が無いらしい。というのも稼ぎ頭だった父親が最近リストラにあってしまい、収入が激減してしまったからだ。最初弟は高校を辞めて働くと言ったらしいのだが、水瀬さんはそれに反対した。


「あいつはうちとは違って本当に優秀なんだ。なのに高校を辞めて働くとかふざけた事を抜かしたから言ってやったんだ。じゃあうちがお前の学費を稼いでやるって」


 それから水瀬さんはかなり無理なスケジュールでアルバイトを始め、学校に遅刻する事が増えたため授業についていけなくなったというのが真相のようだ。


「別にうちはあいつのために高校を辞めて働いても良いと思ってたから別に退学になっても構わなかった。でもあいつにそれを話したら泣かれたんだよ、俺なんかのせいで姉ちゃんの人生をめちゃくちゃにしたくないってな。だからあいつを安心させるためにも絶対退学にはなりたく無いんだ」


 うちの高校はテストで赤点を取れば追試を受ける必要があり、追試でも一定の基準をした回った場合は追々試を受ける事になるのだが、その追々試でも一定の基準を下回ってしまった場合は退学となる。つまり水瀬さんは今のままでは退学になってしまう可能性が高いと考え俺に助けを求めてきたのだろう。ちなみに水瀬さんは最初俺では無く教師に勉強を教えてもらう事も考えていたらしいが、ここ最近の素行の悪さが足を引っ張って上手くいかなかったようだ。ここまで水瀬さんの話を聞いて俺が出す答えはもう1つしか無い。


「分かった、俺なんかで良ければ勉強を教えるよ」


「本当助かる。学年トップの剣城がいればマジ百人力だから」


 俺が勉強を教えると話した途端、水瀬さんはめちゃくちゃ嬉しそうな表情となる。


「それで俺はいつどこで勉強を教えればいい?」


「放課後はバイトがあるから昼休みがいいな。場所は教室だと目立ちそうだし図書館で、じゃあ明日からよろしく」


 水瀬さんはそう言い残すと急足で教室を去っていった。明日からどんな風に勉強を教えようかとあれこれ考えながら俺は靴箱へと向かい始める。帰りのホームルームが終わってからまだ5分ほどしか経っていないためエレンもそんなに待っていないはずだ。

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