第160話 二日目の探索


 妻の手料理を食べ終えた俺たちは各々やりたいことをする自由時間を取っていた。


「あと水があればなぁ」


 俺はとある理由から、取り出した錬金の釜を目の前に唸っていた。


「どうしたのハイト」


 たまたま後ろを通りかかった妻から声がかかる。


「実は低級ポーションを作りたいんだけど、水がなくて困ってるんだ」


 今回のイベントに持ち込めるアイテムはたった一つ。俺やイッテツさんのように生産職を持っているプレイヤーのほとんどは、生産活動に必要なアイテムを持ち込んでいる。そのため素材は現地調達となるわけだ。

 このルールからして回復アイテムを持ち込む者はほとんどいない。そのため低級ポーションを多く作っておけば、他のプレイヤーと邂逅した際に売ることもできると考えただが……低級ポーションの錬金に必要なアイテムは薬草と水。薬草の方は野草採取の際に少量ではあるが手に入った。だが、もう一つの素材となる水の入手方法が分からないのである。


「水って……海水じゃダメなの?」

「うん。何度か試してみたけど、全部失敗した」

「なるほど~。じゃあ、明日にでも湖とか探しに行ってみる?」


 このゲームに満腹度は存在するが、水分摂取に関する設定はない。そのためプレイヤーは水を飲めなくても問題ない。錬金術の素材であるということを除けば、水の優先順位は低い。

 だが、この世界において回復アイテムなしで戦い続けるのはリスクが大き過ぎる。よって、妻の申し出を受けて一緒に水の在り処を探しに行きたいのだが……明日はイッテツさんと鉄鉱石探し、それから海の調査をしなければならない。


「行きたいんだけど、明日やることはもうイッテツさんと話して決めちゃったんだよね」

「そっか~。あっ! じゃあ、私が水を探してきてあげようか?」

「いいの? でも、一人だと危険じゃない?」

「流石に単独で散策はしないよ。ユーコとミミちゃんを誘うつもり」

「それならお願いしてもいい?」

「もちろん! 早速、二人にお願いしてくるね!!」


 妻は薄暗い洞窟の奥へと消えていった。


 翌日、ログイン制限が明けてすぐに俺はログインした。イッテツさんも同じタイミングで入ってきたため、共に採掘ポイントを探して回ることに。昨日、彼が言っていたようにたまに鉄鉱石が掘り出す必要がない状態で落ちているのを見かけた。ピッケルをイベントに持ち込んでいない俺たちは、それらを片っ端からかき集める。その成果として採掘用のピッケル、イッテツさんと俺の武器、あとは小型のナイフをいくつか作れるくらいの鉄鉱石が集まった。

 拠点としている洞窟へ戻るとイッテツさんは早速、鍛冶を始めた。女性チームも水を探しに出かけているので、俺は一人になる。


 そろそろ海中の調査に行くか。


「イッテツさーん! 俺、海の調査に行ってきますね」


 鍛冶に集中しているため返事はなかったが、一言伝えてから洞窟を出た。


 昨日の記憶を頼りに森を抜ける。そしてオオヤシガニと戦った浜辺へと辿り着いた。


「ん? 魔物がいる」


 数メートル先に魔物がいると気配察知が反応した。

 しかし、真っ白な砂浜に魔物の姿は見当たらない。


 どういうことだ?


 不思議に思った俺は不用意に先へ進むようなことはせず周囲を観察する。


「……小さいけど、砂の音がする?」


 サラサラ、サラサラと。僅かながら砂が動く音がしていた。

 揺れる木々、擦れる葉。荒ぶる波の音。様々な音が鳴っているため、普通なら砂の音は聞き逃してしまうだろう。だが、俺には聴覚強化があった。気配察知により事前に魔物がいると知っていたこともありどうにか気づくことができたが、普通の人間はほとんど気づけないだろう。


「砂の音に、魔物の反応……浜辺に埋まってるのか?」


 確信はないが、可能性はそれなりに高いと思う。

 おそらく相手は俺に居場所がバレたことに気づいていない。この状態なら無防備な敵に一撃を入れることができるだろう。

 問題は攻撃方法だが……まだ武器は用意できていない。必然的に魔法などで攻撃することになる。やっぱりファイヤーボールを唱えるべきかな?

 いや、他にもあまり使っていないスキルがあったな。今回はあれを使ってみよう。


「こい」


 俺はしばらく使っていなかったスキル、緋色の紋章を発動。左手の甲に刻まれている紋章が輝き出すと、同様のものが目の前の砂浜にも現れる。


「じゃっじゃーん! 呼ばれて登場。緋色の精霊アムリだよ!」

「久しぶり、アムリ」

「久しぶりだね、ハイト! あまりにも呼ばれないから、契約のこと忘れてるのかと思ったよ」


 宙に浮くアムリは小さな体を大袈裟に動かしながら言う。


「敵が強いときしか呼ぶなって言うから」

「だって、雑魚の相手はおもしろくないんだもん。仕方ないよね」

「出てきてくれたってことは、そこに潜んでる魔物は強いの?」

「そこそこじゃないかな。ただ、ハイトが武器なしで相手をするには厳しそうな魔物だったから、僕がきてあげたんだよ」

「そうなんだ。ありがとう!」

「契約してるしね! このくらいお安い御用だよ!! よしっ、話もここらへんにして早速戦おうよ。あんまり長時間僕を呼び出してるとハイトのMPが切れちゃうから」


 二度目の召喚にしてアムリの初戦闘。彼はいったいどんな戦いを見せてくれるのか、俺はワクワクしていた。



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