第129話 師匠からの注意

「お帰りなさい。その様子だとかなりヤンチャしてきたみたいね」


 経営地に戻ると丁度、今日の工事が終わるところだった。俺の姿を視界に捉えたアネットさんから声を掛けられる。


「ヤンチャですか? 近場で狩りをしていただけなので、そんな大層なことはしてないですよ」

「あら、そう? ならいいけど。ただ……師として言わせてもらうと、魔力量が少ない状態であまり戦わない方がいいわよ。魔法にしたって武技にしたって、発動する源がないとどうにもならないんだから」


 お説教という感じではないが、注意を受けた。


 今の俺はHPを半分以上削られてMPもすっからかん。言われたことがそのままぶっ刺ささる。

 だが、フレンドでもない彼女に俺のステータスが見えるはずがないのだが、どういうわけか見透かされている。やはりこの人は只者ではない。


「今度から気をつけます」

「そうしなさい。でも、やっぱり坊やは素直でいいわね。昔、どっかの知り合いに同じことを注意したら、大丈夫だってとか全然言うことを聞かなかったもの。そのせいで森の中で仲間まで巻き込んで死ぬ、なんてバカな結果になって――――って、これは坊やには関係のないことだったわね。ごめんなさい」


 元同僚?

 それとも弟子?

 どんな関係性の相手だったかはわからないが、アネットさんは大切な人を亡くしたらしい。話が後半に行くにつれて、だんだんと声が震えていた。


「いえ。アネットさんの気持ちは伝わりましたから。それにその人のことも、気が向いたら教えてください。話を聞くだけなら、俺でもできますから」

「ありがと。ごめんね、気を遣わせちゃって…………よし! 気を取り直して魔法の話をしましょう」


 アネットさんは自分の頬をパチンっと1発叩くと話を変えた。


「わかりました。ご指導よろしくお願いします!」

「よろしい! じゃあ、まずはファイヤーボール200発のノルマはクリアできたかしら?」

「もちろんです。新しい魔法も無事覚えることができました」


 その魔法というのがウォーム。一定時間物を温めることができるというものだ。


「3日でっていうのは、それなりに厳しいかと思ったけどやり遂げたのね。偉いわ。使ったことは?」

「まだですね」

「なら、早速試してみましょう」


 俺はアイテムボックスからイベントポイントと交換した石器を適当に取り出した。そこに湖から水を汲み、手を添えて魔法を発動する。


 ――――30秒ほどで水が沸騰し始めた。


「ちゃんと使えたみたいね。これでお風呂に入るとき困らないわ」

「そうですね。湯船のお湯は時間をかければこれでどうにかできそうです」


 水の量が多いから温度調節とかに慣れが必要そうだけど。それは実践しながら覚えればいいだろう。


「ただ、シャワーの水はどうします?」

「それは魔法じゃなくて、こっち側でどうにかするから気にしないで。いくつか方法があるけど、今のところは地下から湖の水を引き込んで一旦タンクか何かに貯めるっていうのが1番可能性が高いと思うわ。そうすれば、あとはそのタンクの中の水を今と同じような要領で温めれば済む話だから。これだと湯船のお湯も一緒に温められるから魔力の節約にもなるでしょ?」

「そうですね。それなら毎日やってもそれほど負担にならなそうです」


 なるほど。確かにそれならウォームだけでどうにかできそうだ。ただ、こうやってお風呂の話をしているうちにもう1つ新たな疑問が生まれた。


「あと今、浮かんだ疑問なんですけど、お風呂って野ざらしだったりします?」


 俺は野ざらしでも気にしない。というか、今のところここにくる人が限られているのであまり恥ずかしいとも思わないのだが……流石にゲーム内とはいえ妻にそういうことさせたくないんだよね。


「安心して頂戴。ダークエルフちゃんがいるのに野ざらしで入れなんて言わないわ。それに弟子の家のお風呂ってことは私も今後使うこともあるでしょ? だったら、尚更外から丸見えなんていうのはなしね」


 よかった。どうやらちゃんと風呂は壁や天井で囲ってくれるらしい。

 でも、おかしいな。アネットさん、今自分も入るとか言ってなかった?


「すみません。聞き間違いだったらあれなんですけど、今アネットさんも使うって言いました?」

「ええ。言ったわよ?」

「そ、そうですか」

「もしかしてエッチな想像でもしたのかしら?」


 妖艶な笑みを浮かべるアネットさん。


「そういうわけでは……」

「冗談よ。ちょっとからかっただけじゃない。そんなに困った表情されると心が痛むわ」


 うん?

 俺はいったいどんな表情をしていたんだ。自分の顔は鏡でもない限り見れないのでわからない。


「まぁ、リーナがオッケーを出すなら俺はダメとは言わないですけど。でも、泊まる部屋って物置き部屋しかないですよ?」

「それでいいわよ? 私の部屋に入ったことあるんだから分かるでしょ。私、部屋が散らかっていてもあんまり気にならないの」

「わかりました。でも、今のところあの部屋には何も置いてないのでそのままの状態にしておきますね」


 この後、アネットさんと畑についても少し話してからログアウトした。



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