第94話 地方都市フェッチネル

 人の背の数倍もある外壁に囲まれた地方都市フェッチネル。街道から門まで全て石でできていたため、中も全て灰色の石造りかと思っていた。しかし、その予想は見事に裏切られる。


「うわぁー、すごっ」


 フェッチネルに入ってすぐに妻が驚きの声をあげる。


「そうだね。外観からしてファーレンより色味の少ない都市なのかと思ってたけど、逆だったみたいだ」


 飾り気のない壁の内側。そこには様々な色の建築物が並んでいた。水色と白を基調とした1階建ての家。ド派手なピンクの看板を構えた武器屋。壁から屋根まで全て黒で揃えられている4階建ての集合住宅。他にも成金が好みそうな金一色の時計塔なども視界に入る。


 ファーレンの方はレンガ造りの建物が多く、街全体の景観として統一感があった。しかし、フェッチネルはそれぞれの建物の自己主張が激しく、見回すと目がちかちかしてきそうだ。というか、既に俺は目が疲れてきた。

 妻が口にした通り、すごいという感想は湧くが……あまり綺麗な都市だとは思えないね。


「リーナはファーレンとフェッチネルどっちが好み?」

「答えわかってて聞いてるでしょ?」

「どうだろう?」

「まぁ、いっか。私は絶対にファーレンの方が好き! でも、フェッチネルにも気に入る場所があるかもしれないから、町の探索は絶対にするよ」


 やはり俺と同じくファーレン派だった。夫婦で好みが似通っていると思うと嬉しいが……正直、これは他の人に聞いてもフェッチネル派よりファーレン派の方が断然多いだろうな。このガチャガチャした感じの方が好きだと答える人はそれほどいないと思う。

 運営は何を思ってこの都市を作ったんだと問いたいが、ゲーム中であまりそういうことを考えるのは良くないか。もっと純粋にこの世界を楽しまないとね。


「一緒だね。もちろん町の探索には賛成だけど、それはイベントが終わってからにしよう」

「別にいいけど、どうして?」

「だって、ファーレンより大きいこの都市を一通り回るにはそれなりの時間がかかるよ? イベントをガチらないにしても、それなりに楽しむならフェッチネルのことは後回しでいいかなって」


 この都市は掲示板などの噂によるとファーレンの3倍以上の面積があるとかいわれてたし。何か良い店や場所を探すために回るんだったら、それなりの時間がかかりそうだ。

 だったら、わざわざイベント期間中にしなくても良いだろう。本気で参加しているわけではないが、それなりにイベントポイントは貯めておきたいし。今のところ交換できるアイテムリストは発表されていないが、有用なアイテムなどがあった場合手に入れたいからね。


 鉄鉱石の採掘も本当はイベント後にしたかったんだけど、いつまでもイッテツを待たせるのも悪いので優先することにした。


「なるほどね。いいよ! フェッチネルの探索はイベント終了後ってことで」

「ありがと。じゃあ、今日はログアウトするために適当な宿を探そっか」


 自身のクラン経営地ではないため、路上で寝泊まりするわけにもいかない。早いところログアウトするための場所を確保しておきたい。


「うん。じゃあ、とりあえず歩いてみよっか」


 都市の出入り口となっている門からそのまま真っ直ぐ繋がっている目抜き通りを俺たちは歩き始めた。先程目に入ったものとはまた違った色合いの建築物が道の脇に並んでいる。

 宿を探すため建物1つ1つを注視しているととあることに気がついた。


「一応、色がバラバラなだけで石造りってところは統一されてるんだね」

「あっ、ほんとだ。色の方に目がいって気づかなかったよ!」

「そう考えるとすごいね。この都市全体を形作るくらいの膨大な量の石を片っ端から染めてるんだよ? 正気の沙汰じゃない」


 いったいどんな酔狂な人たちがやったんだか。


「あ~、確かに大変そう。でも、私も色塗るの好きだから、ちょっとやってみたいかも」


 身近にいたらしい。その酔狂な感性を持った人が。


「書くより塗る方が好きなの?」

「う~ん……どっちも好きだよ」


 そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、妻の頭に乗っているスラミンが突然プルプル震え始めた。


「どうしたの、スラミン!?」


 急なことで驚き、妻が声をあげる。

 そして何を伝えたかったのか確かめるために、頭上のスラミンを両手で掴み、顔の高さで固定した。いつもすらっちやスラミンから話を聞くときにする態勢である。


「――――ふんふん。なるほど」


 スラミンから事情を聞いた妻は納得顔でうなづいている。


「なんだって?」

「今、宿があったのに素通りしたよって。気づいてなさそうだったから知らせようとしてくれたみたい」

「えっ、それほんと? 話に夢中だったからわからなかったよ。ナイス指摘だね」

「私も全然気づいてなかったよ」


 俺たちのやり取りを見て、スラミンが再び震えた。

 ……今のはどういう意味か、なんとなく分かった気がする。おそらくしっかりしてよ、とかまったく的な呆れた反応だと思う。


「まぁ、そういうこともあるよね。とりあえず戻ろうか」


 今度は見逃さないよ。

 次、やったらスラミンから呆れられるだけじゃ済まなそうだからね。


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