第91話 サクラトレント(上)

 フェッチネル街道を徒歩で進む。妻とスラミンは目視で、俺はスキルの気配察知でサクラトレントを探す。

 ひび割れや苔などが一切ない、定期的に手入れがされているであろう石畳の道には魔物が自ら寄ってくる様子はない。


「やっぱり見当たらないね。スラミンはどう?」


 周囲をキョロキョロしながら歩く妻が頭に乗っているスラミンに問いかける。それに対してスラミンは体をブルブルさせて返答した。


「なんだって?」

「見つからないだってー。やっぱりハイトがさっき言ったみたいに、スキルで擬態でもしてるのかな?」

「かもしれないね。だとすると100%俺のスキル頼りになるのか。がんばって探してみるよ」


 もちろん街道付近には出現しなくて、森を分け入らないと出会えないという可能性もある。でも、今は一旦それについて考えずに行こう。街道に入ってから常に周囲の魔物の気配を察知しているが数がそこそこ多い。なので別の可能性も気にしながらだと、擬態している魔物を見逃してしまいそうだ。


「うん、期待してるね! ところで街道を歩き始めてからずっと難しい顔でスキル使ってるけど、大丈夫? 疲れてない?」

「えっ、俺そんな顔してたの?」


 スキル使用中の自分の顔なんて見ることはない。指摘されて初めて知った。


「うん。割と普段から気配察知を使ってるときは難しい表情なことが多いかな?」

「へぇー、全然気づかなかったよ。もしかして見てて怖い?」

「全然。むしろ普段の優しい表情とのギャップでキュンってするかなっ!」

「そっか……怖くないならよかったけど、褒められると恥ずかしいな」


 まさか難しい表情が良いと褒められるとは思ってもいなかった。恥ずかしいので、妻の方から顔を逸らしてみる。


「どうしてそっぽ向くの?」


 妻が俺の正面に回り込んで顔を覗いてくる。


「別に理由なんてないよ。それよりリーナたちもちゃんとサクラトレント探し続けてね。俺もスキルで探しているとはいえ、この魔物全部に気を払えるわけじゃないんだから」

「はーい。スラミンもうちょっとがんばろっか」


 こちらの顔を覗き込むのを辞めた妻はまた周囲をキョロキョロと見回し始める。

よし、俺もサクラトレント探しに集中しないと。


 ――――それから1時間が経過。あと少しで地方都市フェッチネルに到着するというところまで俺たちは進んでいた。


「結局、サクラトレント見つからなかったね」


 妻がつまらなそうな顔で呟く。


「そうだね。やっぱり森の奥の方にいるっぽ――――ん!? あれ、見て!!」


 俺たちの前方に地方都市フェッチネルの南門が見えてきた。周囲に出没する魔物から地方都市を守る外壁と街道と同じく石造りで雰囲気のある大きな門。

 まだ夜になっていないため両開きの扉が開かれていて、不審な者が入場しないよう見張っている兵士の姿も見える。


「外壁高いね! 現実じゃ外壁のある都市なんて行ったことないから新鮮だな~」


 だが、妻に見て欲しいのはそちらではない。立派な外壁のおかげで背景と化している周囲のフィールドの方だ。


 今歩いている街道は門までしっかり繋がっている。しかし、脇にあった森は途中で終わり、南門付近には数本の木が等間隔でぽつぽつと並べられていた。こちらはどう見ても人工的に植えられたもので見栄えを気にしてのものだと考えられる。それらの中にピンクの見知った花――――桜を咲かせたものが均等にされた木と木の間隔を乱すように2本ほど混ざっているのだ。


「俺たちお城とかも、日本の外壁があんまり高くないものしか肉眼で見たことがないもんね。でも、今見て欲しいのはそっちじゃないよ。外壁の周りの木を見てみて」

「外壁の周りの木……綺麗に等間隔に植えられてるね。あっ!? 桜が咲いてる!!!」


 ようやく妻も桜の木の存在に気づいたらしい。先程の俺同様、驚きの声を上げた。


「おそらくあれが今回の標的だね」

「ずーっと探しても見つからないから今日はもうダメかと思ったよ! でも、一応本物の桜の木の可能性もなくはないから……いっせーの、で鑑定しよ?」

「いいよ。それじゃあ――――」


「「いっせーの!」」




サクラトレント

イベント<ファーレンの春祭り>期間限定で出現する魔物。

桜の花を咲かせた木のような見た目をしている。獲物が近づくと突然動き出し、枝を手のように器用に操って襲いかかってくる。

また土壌から魔力を吸い上げて体に貯める性質がある。




「当たりだね!」


 数時間探していた相手とついに会えた。妻は大喜びしてすぐに魔法陣を展開し始める。


「そうだね、ってもう戦う気みたいだね……。鑑定内容を見た感じ近づくと反応してくるみたいだし、一旦遠距離魔法攻撃で様子見してみよっか。俺も魔法の準備をするから発動のタイミングを合わせよう」


 妻が闇魔法の魔法陣を展開している隣。俺も同時攻撃を仕掛けるため火魔法の用意を始める。


「よし、いつでもいけるよ」


 数秒後、こちらも無事魔法を発動できる状態になった。


「わかった。それじゃあ、私に合わせてね。いくよ!」


 ――――闇魔法ダークバレット。

 ――――火魔法ファイヤーボール。


 2つの攻撃魔法が木に擬態しているサクラトレントへと真っ直ぐに襲いかかる。



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