第88話 対マーマンジュニア

 マーマンジュニア3体が一斉に距離を詰め始めた。腕以外の部分は魚なので走ったりはしない。尻尾を器用に使って跳ねながらこちらへと向かっている。

 水生生物ということもあり、陸での動きはそこまで早くはない。なので、ここは距離が詰め切られる前に1度攻撃をしておこう。


「スラッシュ!!!」


 手で握っている剣を振り下ろすと共に斬撃は放たれて、1体のマーマンジュニアへと真っ直ぐに進む。


 キシャア!


 相手はこれまでにあまり聞いたことのないタイプの鳴き声をあげながら、手で持っていた槍もどきを振るった。

 俺の放った斬撃はマーマンジュニアの槍もどきと真正面から衝突し、押し合う。


 それから数瞬の鍔迫り合いの末、マーマンジュニアはスラッシュを斜め後方へと弾いた。

 先手を打ち、敵を1体減らすことはできなかった。ただ、敵にダメージが全く入っていないわけでもなさそうだ。さっきまでより武器を握っている手の高さが明らかに下がっている。見た感じ腕が痺れて、武器を構えようにも上手くいかないようだ。


「嘘でしょ……」


 これまでスラッシュを避ける魔物はいても真正面から防いだり、弾いた敵はいなかったので、妻が呆気にとられる。俺はそれこそ相手が武器を持っている時点で防がれる可能性を考えていたのであまり衝撃は受けていない。むしろ完全に防がれたりしないだけマシだと思っている。


「気にしなくていいよ。予想の範疇だから!」


 また妻の魔法がキャンセルされると流石に厳しいので、落ち着かせるために言葉をかける。


「わ、わかった!」


 今回は魔法陣が消えていないのでセーフ。


「スラミン、先に辿り着く2体のうちのどちらかを相手して」


 ただ、妻からスラミンへの指示がなかったので俺が勝手に出した。


 武技を弾いた個体は、攻撃を受けたことで他のモノよりも遅れてこちらへと移動している。腕を痺れさせていることもあって、対応は後回しでいいだろう。


「スラミン、ハイトの言う通りに動いてあげて」


 妻が俺の言う通りに動けと指示する前にスラミンは動き始めていた。どうやら俺のことを主人ではないが仲間ではあるとしっかり認識してくれているらしい。


 彼女の戦闘にも気を回してあげたいところだが、そんな余裕はない。1体のマーマンジュニアが槍もどきで突きを放とうとしているところが目に入ったからだ。


 俺は剣で弾くのではなく、盾で受けることを選択。両足をどっしりと構えて左手に装備している鉄の盾を前に構えた。

 槍もどきと盾がぶつかり、体に衝撃が走る。だが、それだけ。俺は今、装備のおかげで耐久値がかなり高くなっている。水中ならともかく陸上でマーマンジュニアの攻撃1発で倒されるわけがない。


 相手は攻撃が全く通らなかったことに動揺したのか、明らかな隙ができた。俺は右手に持っている剣を斜めに振るい、マーマンジュニアの顔を狙う。

 回避は間に合わない。相手はそう考えたのか、空いている片腕を顔の前に持ってきた。結果、俺の攻撃はそいつの腕を抉るだけに留まった。頭に入っていれば、もっとダメージを与えられたはずなのに。


 しかし、まだ攻撃は終わらない。返す剣で今度は相手の脇腹を狙う。

 流石にこれは防ぎようがなかったようだ。無防備な部分に攻撃されたことでマーマンジュニアは大ダメージを受け、その場で倒れた。


 ホッと一息つきたいところだが、まだダメだ。1体遅れていた個体が味方を助けようとこちらへ向かっている。いつの間にか死角へと移動されたらしく視界には映っていない。だが、戦闘中常に発動していた気配察知が、敵の位置を教えてくれる。


 右斜め後ろから振り下ろされた槍もどきを防ぐため振り返るが……速さが足りない。相手の攻撃が右肩に直撃。感覚的にHPが減少したことを理解する。


「植物魔法、ソーンウィップ!」


 妻の声と共に後方から茨が数本伸びてくる。そして鞭のようにしなりながら俺を攻撃したマーマンジュニアへと襲いかかる。

 腕にまだ痺れが残り、尚且つ攻撃したばかりで次の動作へ移る途中での奇襲。今度はマーマンジュニアの回避が間に合わず、モロに魔法を受けた。

 棘のついた茨が容赦なく敵の体を幾度も叩く。そのたびに鱗が剥がれて周囲へと飛び散る。


「ありがとう、リーナ!」


 茨の連打が止んだところで妻へ礼を言いつつ、俺は剣を横に振るう。鱗の下の皮膚から出血し、満身創痍だったマーマンジュニアの命はその一撃で容易く刈り取られた。


「怪我大丈夫!?」


 俺が相手を倒したことを見届けた妻が、大慌てでこちらへと駆け寄ってきた。


「大丈夫だよ。体感的にはHPの1割削られたかどうかってところだから。それよりスラミンの援護に――――」

「安心して。スラミンの方ももうそろそろ終わるから」


<剣術(初級)の熟練度が規定値に達しました。剣装備時の力の上昇値が5から10になります>


「ほんとだ……」


 戦闘が終了しなければ、アナウンスは流れない。これはつまりスラミンがマーマンジュニアに勝利したことを意味する。


「スラミンって進化もしてないスライムなのに、どうして勝てたの?」


 スライムの物理耐性は非常に優秀だが、今回の敵が繰り出すのは物理属性の攻撃ではなく、刺突属性の攻撃だ。スキルによる補正を受けられない中、基礎ステータスの低いスライムがマーマンジュニアに勝てるとは到底思えない。いったいどういう絡繰りなのだろう。


「知りたい?」

「もちろん」

「答えはスラミンのステータスを見ればわかるよ。ほら」


 妻からステータス画面を見せてもらった俺は、明らかに通常のスライムと違う部分を見つけて驚いた。


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