第69話 サクラボア
イベントが始まって2時間ちょっとが経過した。
夜の間は魔物を狩る予定なので、俺たちは経営地を離れてファス平原へきている。平常時から生息しているスライムにレッドボア。見慣れた魔物のたちの中に明らかな異物が紛れていた。
「どうみてもあれがイベント限定魔物だね」
「桜色のボアなんてこの前までいなかったもんね」
俺たちが見つけたのは真紅の体毛を持つレッドボアの色違い。妻が言ったような薄いピンクの毛を生やしたボアだった。
サクラボア
イベント<ファーレンの春祭り>限定で出現する魔物。
美しい桜色の体毛を持つボア。肉からはほのかに桜の香りがするので、獣臭さがレッドボアより少なく食べやすい。
春祭りが近くなるとファーレン周辺に現れて、祭りが終わると消えていく。どこからきてどこへ行くのか、それは誰にもわからない。
ドロップアイテムについての情報が手に入った。どうやら他のボア系統同様、肉をドロップすることがあるらしい。桜の香りというのがどの程度なのかは実際食べてみないとわからないが、サクラボアの肉は食べやすいようだ。鑑定結果にそう書いてあるのだから間違いない。肉は兎のモノしか食べてこなかったので、ここらで美味しい猪肉を手に入れるのも悪くないね。サクラボア狩りをたくさんして肉を溜め込もうかな。
あとこの説明から、レッドボアの肉は逆に獣臭いということがわかった。まぁ、なんとなくそうだろうなとは思っていたのでショックというものは特にない。ただ、ブラックボアも同系統の魔物なので、もしかしたら先日手に入れたブラックボアの肉もあまり美味しくないかもしれないと覚悟だけはしておかないと。
「名前は鑑定して見るまでもなかったか」
「そのままだもんね」
「うん。あいつまだこっちに気づいてないみたいだし……早速、攻撃してみる?」
たくさん狩ってドロップアイテムを回収できる相手なのかまずは確かめたい。流石に人食いウナギレベルの魔物だった場合、そんなに数は倒せないだろうから。
「いいけど、1回テイムできるのか試してみようよ。イベントの限定の魔物ってレアそうじゃない?」
「テイム不可かもしれないけど……とりあえず試すだけ試してみようか」
サクラボアはレッドボアやブラックボアと同系統の魔物。なら、それらのテイム条件である気絶状態にして反応を見てみるか。
「まずは気絶させてみようか」
「そうだね。最初はとりあえず1発魔法ぶつけとく?」
サクラボアがブラックボアクラスの強さなら、それで弱らせてから戦った方がいい。ただ、レッドボア程度の強さしかなかった場合、今の妻の魔法だと一撃で倒してしまうだろう。
「いや、相手が弱い場合も考えて俺のスラッシュで様子を見よう」
悲しいことに俺の剣の武技は妻の魔法より威力は低い。それでもレッドボアならかなりのダメージが入るが、一撃で沈みはしないだろう。様子見には最適なので、ここは妻の魔法はなしでいく。
「わかった。任せるね、ハイト」
「うん。それじゃあ、いくよ……スラッシュ!!」
背中から剣を引き抜いた俺は、それを勢いよく振り下ろして斬撃を飛ばす。こちらを微塵も警戒していなかったサクラボアは気づく暇もなく頭に一撃を浴びせられた。
「相当痛がってるね」
「私の魔法じゃ死にそうだね。攻撃しなくてよかったよ」
スラッシュを頭部に受けたサクラボアは、血を流しながらふらついている。しかし、まだ倒れてはいない。魔物の本能が最後に一矢報いろと言っているのか、彼の魔物はフラフラ体を揺らしながらもこちらへと真っ直ぐに進み始めた。
一応、突進なのだろう。この勢いではもはや威力などないに等しいので盾を構えるまでもなさそうだ。ただ、最後の一撃を雑にあしらわれたのでは目の前のサクラボアがあまりにも哀れなので、せめて盾で受けるくらいはしようと思う。
10秒ほど待ってようやく、大して勢いの乗っていない突進をするサクラボアが俺の元へと到達する。
鉄の盾に頭からぶつかるサクラボア。盾はびくともしない。逆にサクラボアの頭にある切り傷から血が噴き出す。
「うお!?」
スキルの威力はほとんどなくともノックバックはあった。俺の体は後方へ飛ばされる。しかし、今日の俺はひと味違う。どうせノックバック効果はあるんだろうなと予想していたので、地面へ叩きつけられる前に空中で体勢を整える。更にアイテムボックスを開き、サクラボアが自傷ダメージで死んでしまわないように低級ポーションを放り投げる。
パリンッという音と共に低級ポーションが入っていた容器が壊れる。それと同時に液体がサクラボアの頭部へとかかる。
「おぉ~! ナイス着地!!」
俺がうまく地面に着地すると妻が拍手をしながら褒めてくれた。
「ありがとう。サクラボアにはポーションをぶっかけたから、たぶん死んでないはず」
だが、ピクリとも体は動かないので上手く気絶させられたと思う。
「それじゃあ、あとは待つだけだね」
「そうだね。またリーナがテイムする?」
妻のテイム枠はまだ1つ空いていたはずだ。言い出したのは彼女だし、このボアが欲しいなら譲るつもりだ。
「今回はいいかな。私にはぶーちゃんがいるし」
「わかった。じゃあ、あの子の近くで俺が待機してるね。サクラボアが弱いってこともわかったし、リーナはすらっちたちと別個体を倒してきてもいいよ」
同じパーティーのテイマーが2人近くにいるとどちらの従魔になるかわからない。なので、妻には離れていてもらうついでにイベントポイントを稼いできてもらおう。
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