第56話 案内役と報酬

 騎乗スキルを取得した妻がぶーちゃんの試運転を少しだけした。スキルの効果で暴走しなくなったぶーちゃんは妻の指示を聞いて、比較的安全な走行をしていた。それでも曲がるときの動きがカクっとしていてどこかぎこちなかったのは、種族的な理由があるのかもしれないね。


「アネットさーん、木材持ってきましたよ」


 本来、予定になかった新たな従魔のお出迎えを終え、湖畔へと帰還した。ツナギ姿の女性の背中を見つけたので、俺はそちらへ駆け寄る。


 妻はとても疲れてしまったらしくぶーちゃんをすらっちに紹介だけしてログアウトしていった。


「あら、おかえりなさい。随分遅かったじゃない」

「すみません。予定外の出来事がありまして」

「別に気にしてないわよ。でも、もう少しして戻ってこなかったら、私が探しに出ようかとは思っていたけど」


 危なかった。

 もしアネットさんがここを離れたら、作業に何かしらの支障が出ていただろう。そうなったら、俺や妻は自分たちのせいなので仕方ないが、大工さんたちの他の仕事に影響が出てしまうかもしれない。あまり迷惑はかけたくないので、今度からは寄り道はできるだけなしにしよう。今回もぶーちゃんをさわさわしていた時間分早く戻ってくるべきだった。


「危ない目にあったとかではないので……大丈夫ですよ」

「なら、よかったわ。それで木材を取ってきてくれたのよね?」

「はい! 今、出しますね」


 俺の伐採した10本、それから妻から預かっている3本。

 ラニットスギをアイテムボックスから取り出す。


「合わせて13本……クランハウスの建築だけでももう少し必要ね」

「今からまた取りに行きましょうか?」

「夜の森は危ないからやめておきなさい。明日の朝から私たちで伐採してくるわ」


 夜のフィールドでナイトウォーカーという、現状倒す方法がわからない魔物と遭遇したのでアネットさんの言葉が身に沁みる。

 素直に従うべきだろう。


「わかりました。だったら、せめて案内役を出しますね」

「それは助かるわ。案内なしでも行き来はできるけど、最短ルートを選べるわけじゃないもの」


 今日はアネットさんたちが自力でここまできていたので、断られたらどうしようかと思ったが、それは杞憂だったようだ。


「おーい、バガード」


 従魔たちがお昼寝していた大樹の木陰には、すでに姿はない。周囲を見渡すと湖の上何かしている姿が見えたので、呼び寄せる。


「よくきた。頼みたいことがあるんだけどいい?」


 カァー。


 内容次第とだけ答えが返ってくる。


「そっか。じゃあ、聞いて判断してね。実は明日、アネットさんたちについて回って欲しいんだよ。道案内とかはぐれた大工さんがいないかと気を配っていて欲しい」


 カァー……カァーカァー。


「報酬ありなら考えるか。うん、いいよ。もちろん明日1日、やり切ってくれればご褒美をあげる」


 カァーカァーカァー!


 バガードが欲しがったのはもちろん食べ物だ。ただ、いつもあげているフライドラビットではない。以前、あげると言ったのに与えていなかった妻の手料理が食べたいらしい。俺がフライドラビットよりうまいと言ったくせに、これまでお預けにされていたことに不満を感じていたようだ。


 俺としては経営地開発が一通り終わったときに開催予定のパーティーで妻の料理を食べさせてあげるつもりでいたが、食いしん坊な従魔はそれを知らないので欲しがったのだろう。


「じゃあ、リーナに明日の晩、手料理を用意してもらえるように頼んでみるよ」


 返答に満足したバガードは黒の翼をはためかせ、どこかへ飛び去った。


「ん? なんだこれ」


 従魔の飛び去った場所に魚が落ちている。

 これは……見た目からしてニジマスか。もしかして俺が呼ぶまで空から水面近くに上がってくる魚を食べているところだったのかもね。キャラがぶれないな。


 置いていったってことはたぶん貰ってもいいのだろう。

 ニジマスに解体を発動して、アイテムボックスへしまう。


「烏ちゃんは案内してくれそう?」


 俺とバガードがやり取りしているところを見ていたアネットさんから声がかかる。


「はい、代わりに美味しいご飯をくれとせがまれましたけど」

「かわいいじゃない。明日のお昼ご飯、私のだけじゃなくてあの子の分も持ってきてあげようかしら」

「いいですか?」

「ええ、もちろん。と言っても、そんな豪勢なものじゃないわよ?」

「いえ、もらえるだけで有難いですよ! バガードも食いしん坊なので、きっと喜びます」


 この後すぐにアネットさんたちは湖畔を離れた。夜になるまでに森を抜けてファーレンへ帰るためだ。

 バガードは明日、1日案内役をするという仕事があるのでアネットさんについて行った。

 俺はこのまま湖畔でログアウトしてもよかったのだが、マモルが遊びたいとせがんできたのでゲーム内に残る。俺とマモルが遊んでいるのを見たすらっちが混ざりたそうにしていたので、一緒にどうかと誘ってみると喜んで参加。その結果、ぶーちゃんも自分だけ仲間外れは嫌だったのか参戦して3体の従魔と湖畔を駆け回ることになる。


 ――――約2時間の鬼ごっこは楽しかったが、終わった頃には体がクタクタになっていた。


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