第46話 元王都の魔法使い
「それでどんな経営地にするつもりなの? ざっくりとしたイメージでもいいから要望を言ってみなさい」
「イメージか……俺が想像しているのは長閑で従魔とのんびり過ごせる場所です」
「私は農業をしたいからそれ用の畑が欲しいです。あとはお料理が楽しくなるキッチンとかがあれば嬉しいなって」
俺と妻はそれぞれやりたいことを元にどんな経営地がいいかを伝える。
「なるほどね~。バンバン開発するんじゃなくて田舎の村みたいな感じか。それでいてダークエルフちゃんは料理がしたいから、立派なキッチンが欲しいと」
机の上に紙とペンを用意していたアネットさんは、つらつらと何かをメモしていく。
「ざっくりとした要望はわかったわ。それじゃ、一度現地を見てみましょうか」
「お願いします。一目見れば、俺たちがその場所を選んだ理由がわかりますよ」
「あら、それは楽しみね」
――――俺たちはアネットさんが魔物に狙われないように周囲を警戒して経営地へと向かう……必要はなかった。
なんと彼女は2年前まで王都で国仕えの魔法使いだったらしい。得意なのは火魔法の上位互換である炎魔法で、その威力はレッサーコング程度なら一瞬で消し炭にするほどだった。威力もさることながら、かなり木々の密度が高いペックの森で魔法を使用しているにも関わらず、一切周囲に火を移さない緻密な魔法操作には俺も妻も絶句した。おそらく現時点でここまでの技術を身につけたプレイヤーはいないし、NPCでもそうそういるもんじゃないと思う。
「あのアネットさん、代わりましょうか? 流石にずっと戦闘をお任せするのは気が引けます」
「気にしなくていいのよ。私からすれば、こんなの戦いにもなってないんだから」
額から汗一つ流さず、涼しい顔をしたまま彼女は淡々と言う。
「いや、でも――――」
「それに経営地の場所は見つかりづらい場所にあるんでしょ? だったら、既に行き方を把握しているあなたたちに道案内に専念してもらった方が早く着くわ」
「わかりました」
結局、経営地に着くまでの間に遭遇した魔物は全てアネットさんによって燃やされたのだった。
「着きました。ここです」
「……いい場所じゃない。確かに、これだけ美しいなら下手に開発しない方がいいわね」
初めて湖の景色を目にした人はみんな褒めてくれる。別に自分のことではないのだが、嬉しい気持ちになるね。
「ありがとうございます。あっ、そういえば気になっていたんですけど、アネットさんって魔法使いってことは肉体労働はそんなに得意じゃないですよね?」
ここにくる道中、彼女が本職の魔法使いだったと知ったときに思ったんだ。プレイヤーの場合、見習い魔法使いのレベルアップでは力と耐のステータスはあまり伸びない。NPCも同じような仕様だった場合、彼女は大工をするには少し能力不足なのではないかと。
「確かに肉体労働は得意じゃないわね。汗臭いのも嫌いだし。でも、そんなの魔法を使ってしまえばいいじゃない」
俺の心中を察して、アネットさんは答えてくれる。
「……魔法で家なんて建てられるんですか?」
妻が本当にそんなことできるのだろうか、言いたげな表情で聞く。
「もちろん、全ては無理よ。でも、大概のことは魔法の操作を熟練させていけばできるようになるんじゃないかしら? どうしてもできないことは他の大工たちに任せてしまえばいいしね。あいつら暑苦しいから今日は連れてきてないけど」
おそらく彼女が言っているのは、俺たちで言えばスキルの熟練度のことだろう。やっぱりステータスの高さやスキルの数だけじゃなくて熟練度も高めていかなければならないらしい。
「魔法ってすごいんだ……」
妻は魔法のコントロールが苦手なので、感心した様子でアネットさんの話に耳を傾ける。
「そりゃ、そうよ。誰だって使えるんじゃないんだから……って、あなたたち来訪者はそうでもないんだっけ?」
「使える者の方が多いとは思います」
見習い魔法使いを選んだ者はもちろん、種族をエルフやダークエルフにした者。あとは俺のように見習い錬金術師になって火と水だけだがスキル取得可能になっている者もいるだろう。
「2人も?」
「はい。妻は闇、植物、水。俺は火を使えますね」
「ダークエルフちゃんは随分、変わり種ばかり覚えているのね。種族特性と考えればいいのかしら……いや、それにしたって植物魔法を覚えているのはおかしいわね」
難しい顔をして考え込むアネットさん。
「それはスキルスクロールを使用して手に入れたんですよ。私、運が良かったみたいで」
それたまたま手に入れただけだから深い考察とか必要ないやつですよ。と指摘しようと思ったら、妻が先に自分で口にした。
「あぁ、そうだったの。それなら、納得できるわ。植物魔法は便利だからちゃんと使っていくといいわよ」
「わかりました。がんばります!」
「あとかわいい坊やは私が火魔法を手取り足取り教えてあげるから、楽しみにしててね」
剣の熟練度が上がったとアナウンスを受けた際に思ったのだが、このゲームはおそらく本当にそのスキルが該当する行為が上手くならなければスキルの熟練度も上昇してくれない。なので、魔法と剣術それぞれにNPCの師匠的な存在が欲しいと考えていた。アネットさんなら、十分な実力があるので是非お願いしたい。
「ダメです!! それは許しません」
どういうわけか、すごい勢いで妻が拒否した。圧が強過ぎて、俺は何も言えない。
「残念ね。まっ、2人とも魔法について困ったことがあれば私に聞きなさい」
「はい! 頼らせてもらいます」
今度は妻が何か口出しする素振りもなかったので、俺は思ったまま返事をする。
「よろしい。でも、また話題が逸れちゃってたわね」
「あっ、本当ですね」
「じゃあ、本題に戻るとして。具体的に経営地のどの区域にどういった施設を建てたいのか、っていうところから聞いていきましょうか」
「わかりました。まず、クランハウスなんですけど――――」
このあと、俺たちは5時間ほどみっちりとアネットさんと経営地について話し合った。
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