第37話 ヌルヌルとの戦い

 湖底でどっしりと構えた貫禄のある太く長い体。何を食えばそこまで大きくなるのかと問いたくなるような、3mを超える長躯をくねらせてこちらを見つめるのは人食いウナギ。


「マモル、1発目は任せるよ」


 俺がそう言うと、マモルはすぐに動き始める。爆速ヤマメと競り合った速さを活かして、人食いウナギの死角へと移動。そして骨の牙でウナギの体を切りつける。


 は?

 嘘だろ……。


 マモルの初撃は、不発に終わる。

 人食いウナギの体に攻撃が当たった瞬間、肉を切り裂くはずだった牙はツルっと滑らされてしまった。


 現実だとウナギの体表はヌルヌルとした粘膜で覆われている。おそらくこいつもそうなのだろう。

マモルの攻撃ですら効かないとなると物理攻撃はダメなのか?


「とりあえず……スラッシュ!!!」


 攻撃が流されたことに驚いていたマモルだったが、すぐに気を取り直して人食いウナギからの反撃を警戒して一時的に距離を取った。それを見ていた俺は本当に物理攻撃が完全に効かないのか、確かめるために自身が唯一使える武技を生物の急所に向けて放った。


 人食いウナギは未だに無警戒。マモルの攻撃と同様に自分には効かない攻撃だと思っているようだ。


 動かぬ的へと飛来した斬撃は見事に当たった。すると人食いウナギは長躯をばたつかせて、湖底で暴れ始めた。


 やっぱり目には効くよね。


 粘膜のいなし効果が発動するのはおそらく体表のみ。体内からの攻撃や俺が行ったような目への攻撃ではダメージが入るのだろう。

 マモルにも目を狙って攻撃するようにと伝えようとしたとき、湖底にいた人食いウナギが俺たちの方へと突撃してきた。ダメージをもらうとは思ってもいなかったのだろう。さっきまでの余裕はなくなり、ぶち切れモードらしい。

 速さはそれほどでもない。俺でもギリギリだが、避けられそうだ。


 うわっ!?


 俺もマモルも突進は回避した。だが、人食いウナギの巨躯が通り過ぎたルートの周囲には激しい波が発生し、俺たちはそれに飲み込まれた。

 変質草の効果はまだ切れていない。呼吸ができないなどの問題はないが、生み出された激流がなかなか収まらないので身動きがとれない。


 人食いウナギはUターンして再び俺たちを狙う。今、ヘイトをかっているのはマモルではなく俺だ。耐久力がそこそこあるのでマモルが狙われるよりはマシだが、はたして耐えられるだろうか。


「こうなると新しい盾を買っておけばよかったなぁ」


 今更そんなことを言ったところでどうにもならないか。俺は激流に弄ばれながらも、頑丈な石の剣を背中から引き抜いた。

 スキルの補正効果が働き、少しだけ腕を動かしやすくなる。


 人食いウナギという名前のわりに、俺を食べる気はないらしい。口を閉じた奴はヌルヌルとした粘膜に覆われた額で俺を弾き飛ばそうとする。

 耐えの姿勢で剣を盾のように構えて、突進を受け止めた。


 ――――ぬるん。


 踏ん張りの効かぬ水中。しかも粘膜がまたも仕事をした結果、まともに防御できなかった。本来、突進を受けて湖底に叩きつけられるはずだった俺は、ぬめりによってあらぬ方向へと吹き飛ばされていく。凄まじい勢いで目が開けない。


「ハイト!?」


 畔で別の魔物を狩っているはずの妻の声がした。

 死に際に幻聴でも聞こえたのだろうか。いや、そんなはずはない。これゲームだし、死んでもリスポーンするからね。ということは、どうやら俺は水中から空中へ打ち上げられたようだ。


「いってぇ……」


 突然、陸へあげられても上手く着地なんてできるはずもなく。俺は背中から地面に落ちた衝撃を受け、思わず声を漏らす。


「大丈夫!? いったい何があったの?」


 ド派手に帰還した俺を心配して妻が駆け寄ってきた。


「うん、ちょっと衝撃に驚いただけだよ」


 すぐに立ち上がり返事をすると、妻はほっとした表情を見せる。


「今は俺のことよりも水中に残っているマモルの無事を確認したい。簡単にやられるような子じゃないから大丈夫だとは思うけど」


 俺はできるだけ手短に、妻へ人食いウナギとの戦闘の流れを説明した。


「物理攻撃が目以外に効かないなんてめんどうな相手だね。でも、それだったら陸へ釣り上げることさえできれば、私の魔法でどうにかできるんじゃない?」

「そうだね。問題はあいつをどうやって陸へやるか。でも、それを考える前に俺はマモルのところへ行ってく――――」


 突然、湖から大きな飛沫が上がった。

 その近くからマモルが浮上し、必死にこちらへと駆けてくる。その背後から巨大なウナギが蛇行しながら追ってきていた。


「大丈夫か、マモル!」


 余裕はあまりないようでアクションは返ってこない。しかし、なんとなく心配しなくていいという気持ちが伝わってくる。


「リーナ、急いで植物魔法であいつを拘束する準備をして欲しい。マモルが陸まであいつを引っ張り出してくれそうだ」

「おっけー、任せてよ!」


 カー。


 俺と妻とすらっち。そしていつの間にか戻ってきたバガードがそれぞれ攻撃の準備をする。

 マモルは俺たちの意図を理解して真っ直ぐにこちらへ進んだ。そして両前足が畔へとついた瞬間、人食いウナギは全力とマモルに向かって跳び、襲いかかった。きっと獲物が陸へ逃げる前に捕獲したかったのだろう。だが、それは叶わない。俺の相棒の速さはお前程度じゃ、捉えられない。


「植物魔法、ソーンバインド!」


 それどころか、獲物欲しさに水から飛びあがったところを狙われて妻の魔法によって地面に縫いつけられる。

 ここでも粘膜が役割を果たし、普通の魔物よりも遥かに速く拘束を緩め始めた。


「厄介だね。でも、ちょっと遅いよ。ヒートライン」


 続いて、俺が火魔法を発動させる。

 魔法陣を中心として作られた火線に人食いウナギは焼かれ始めた。この魔法自体にダメージを与える効果はないが、火傷状態にすることができる。


「速さが落ちて動きが鈍った。バガード、すらっち頼むよ」


 バガードが土魔法を使い、土の壁を作り上げて人食いウナギを囲う。4本の茨の拘束と火傷にこれが加われば、流石にもう逃げられないだろう。

 すらっちはそこへ溶解液で追い撃ちをかける。


「どう見ても弱ってきたな。今のうちにトドメを刺そう! いけ、スラッシュッ!!!」

「わかってる! 闇魔法、ダークバレット」


 一筋の斬撃と闇の弾丸が、人食いウナギの両の目をそれぞれ狙い撃った。


<見習いテイマーのレベルが1あがりました。SPを2獲得>


<骨狼のレベルが1あがりました>


<一足烏のレベルが3あがりました>


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