第34話 ニジマス
夜の水中は思っていた以上に厄介な場所だった。陸地でも夜になると視認性が悪くなり戦闘しづらいが、水中はその比ではない。本当に真っ暗で一切見えない。そのため俺は気配察知と強化された聴覚を頼りに索敵、戦闘をこなすことになる。今の俺はある程度耐久力があるので、一撃で普通の魔物にやられることはないのは不幸中の幸いである。
マモルは暗視のおかげで俺より目が利くが、それでも陸の夜と同じようには見えないらしい。
最も困ったのは、潜水スキルはあくまでも水中での行動がしやすくなったり、深く潜れるようになるだけで、水の中で呼吸までできるようになるわけではないということだ。安全のため、体内の酸素量が減ることで苦しくなったりはしないようだが、視界の端に現れた酸素ゲージがみるみるうちに減少している。
酸素ゲージが0になったら、どうなるのかは簡単に予想できる。HPが減り始めるのだろう。固定ダメージか、割合ダメージかはわからないが。
まずいな。
ちょっと考え事をしていただけで、もう酸素ゲージが短くなってきた。
「危なかった……」
一旦、酸素を取り込むために俺は陸へと上がった。それに気づいたマモルもついてくる。
「マモルは苦しくなったりしないのか?」
骨の尻尾がわっさわっさと振られる。
どうやら大丈夫なようだ。骨身でそもそも臓器とかがないから酸素は関係ないのか?
「羨ましいよ」
水中で呼吸ができるようになるアイテムでも手に入ればいいんだけど……掲示板でもそんなアイテムの存在は報告されていなかったので現状攻略されている場所では入手できないのだろう。
――――ん?
そういえば、俺って選択レアアイテムチケットなる物を持っていたような気がする。選べるアイテムの中にお目当ての物があるのかはわからないが、試してみる価値はありそうだ。レアアイテムから好きな物を選んで入手できる機会を1つ消費してしまうのはもったいない気もするが仕方なし。それに1枚使っても、もう1枚残るのでそちらで他に欲しいアイテムがあったのなら手に入れればいいだろう。
「頼む、水中で呼吸ができるアイテムをくれ………………こ、これは!?」
あった。俺の求めていたアイテムが選択肢として載っていた。
それは変質草というアイテムで、使用者の肉体を1時間だけ好きなように変えられるものだった。これを使えば、エラ呼吸のできる肉体を造り、水中で心置きなく戦えるだろう。
一切の迷いなく、選択レアアイテムチケットを変質草へと交換する。そして3つも手に入ったうちの1つを使用して、自身の体にエラを追加。そして体内の器官もそれに適応させてと。あっ、そうだ。ついでに水中でも周囲を鮮明に見ることができる目も追加で。
「変わったみたいだけど、これと言って違和感はないな」
アバター作成時に体をいじり過ぎると良くないよと言われたけど、それとこれとは別なのか。
まぁ、気にしなくてもいいか。
「待たせたね、マモル。これで今度こそ俺も戦えるから湖へ潜ろう」
――――湖は俺に先程とは全く違う表情を見せた。いや、正確には見る俺の目が変わっただけなんだけど。とにかくだ、鮮明に見える湖というのはここまで美しいものなのか。思わずそう零してしまいそうになる。
頭上を見れば深緑の蓮が散りばめられている。星とはまた違うが、おもしろく見入ってしまう光景だ。そして周囲にはカラフルな藻が浮いていたり、虹色の魚が泳いでいる。映え命の女性プレイヤーが見れば大喜び間違いなしだろう。
「ていうか、あの虹色の魚ってもしかしてニジマスか?」
ニジマス
湖や川に生息する魚の魔物。鱗が特殊で常に虹色の光を放っている。その奇抜な外見からは予想もできないほど、美味な身を持つ。
予想は当たっていたようだ。他の魔物と違い名前がそのままなのは、外見がヤバすぎる変化をさせたから名前はそのままでいいだろう的なノリな気がする。
「マモル、あの虹色の魚をどっちが先にやれるか競おう」
俺はマモルにそういって勝負を挑んだ。よーいドンで、狩りはスタート。
「……歯が立たなかった」
ステータスの速さの値で負けている俺はニジマスに辿り着く前にすでに大きく差をつけられて、そのまま敗北した。
獲ったニジマスをマモルがサッと咥えて持ってきたのだが、どういうわけか生きたままなのに攻撃してこない。バガードのようにご飯に釣られたわけでもないのにどうしてだろう。俺たちがお世話になった最弱の一角兎ですら反撃してきたっていうのに。などと吞気に考えている俺たちにニジマスは最大限の抵抗を見せた。
「うわ!? 眩し過ぎる!」
ニジマスの放つ虹の光が、突如強烈になった。少し離れている俺ですら、眩し過ぎて目をつぶってしまう。それを至近距離で受けたマモルは目つぶしという状態異常になったらしく、周りが見えなくなり混乱している。
俺が急いで近づいてなんとか落ち着かせたが、その隙にニジマスはまんまと逃げおおせたようだ。
「もう落ち着いたか?」
目つぶしが解けたマモルに確認すると、尻尾はシュンと下を向いたまま。まだ気持ちの方が大丈夫じゃないらしい。滅多にこんな姿を見せる子じゃないので、トラウマになったりしていないか心配だ。
「マモル、お前は1回陸で休みなさい」
大人しく従ったマモルは俺にしがみつきながら陸地へと上がった。
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