第20話 リベンジマッチ(1)
夜空の星々が見守る中、俺たちは穏やかな草原に立っていた。数日前、一切の抵抗もできずに敗北したあの場所に。今度は妻とその従魔を連れて。
隣では頼もしい相棒がリベンジに闘志を燃やす。
「かかった。みんなすぐくるよ」
相も変わらず禍々しい気配を放っている宿敵は、気配察知可能な範囲に入ると一瞬で距離を詰めてくる。
「すらっち、マモルの上に乗って!」
妻の指示を聞いたすらっちはすぐにマモルへと飛び乗った。それを確認するとマモルは前回同様、全速力で標的を迎え撃つ。
「リーナ、植物魔法の準備頼んだ!」
俺がそういうと妻は怨嗟の大将兎とマモルがぶつかるであろう場所に魔法陣を展開する。それからコンマ数秒後、黒と白の魔物が激突した。
レベルアップして強くなったマモルと怨嗟の大将兎。両者の初撃は威力が相殺される形で終わる。
力の能力値自体はおそらく怨嗟の大将兎の方が上だった。しかし、両者がぶつかる瞬間に、すらっちが緩衝材として挟まったのである。ふにゃふにゃとしたゼリー状の体なら、可能なのではないかと考え試してみたが予想以上に上手くいった。マモルのステータスをチラッと確認するが、ダメージはほとんど受けていない。すらっちの方は流石にノーダメージとはいかないだろうが、物理耐性のおかげで死んではいない。
「すらっち、マモル流石だね。次は私の番。動きを止めて、ソーンバインド」
あらかじめ展開されていた魔法陣から4本の茨が出現し、怨嗟の大将兎の体に絡みつく。
「マモル、やってやれ!」
「すらっち、溶解液」
2体の従魔はそれぞれ指示を聞き、動きを止めた標的へ攻撃を仕掛ける。
マモルは一瞬、四足に力を溜める。そしてその力を一気に解放した。勢いを乗せた爪が黒い体表を引っ掻く。赤黒い血液が飛び散った。
更にその傷口へとすらっちが溶解液をぶっかける。
怨嗟に囚われ目つきが悪くなってしまった兎面が痛みから歪む。
――――グウォオオオオオオオオオオオオオオ
とても兎の発する声だとは思えぬ轟音が、その場にいた全員の鼓膜を叩いた。
「なんだ……これ」
強烈な音圧に体がすくむ。
ついこの前、軽く叩き潰した相手にしてやられたことが頭にきたのか。もがけばもがくほど茨が食い込むことも気にせずに、怨嗟の大将兎は力尽くで拘束から逃れようとし始めた。
これはまずい!
俺と妻は離れた場所で雄叫びを聞いたので、ほんの少し影響を受けただけで済んだが、近くでくらった従魔2体はそうもいかない。ひるみ状態か何かに陥って動けない可能性が高い。
「ヒートラインッ!!」
即座に俺が唯一使える火魔法を唱えた。
茨の方はビリビリと嫌な音を立てて、1本また1本と引きちぎられていく。
「頼む、間に合え!!」
怒れる兎は血を流しながらも、最後の茨の拘束から逃れた。そして眼前の獲物へと拳を振るおうとする。
次の瞬間、怨嗟の大将兎の正面に展開されていた朱の魔法陣が輝き、火が噴き出した。それは左右へと広がり奴の視界を塞ぐ。そして中途半端に突き出された黒毛の拳を燃やした。
「引け!!!」
動けるようになった従魔たちは、全力で敵から距離を取った。逆に俺は前方に出る。ここから妻は魔法攻撃に専念。残りの俺たちでこいつを止める。
こちらが体制を立て直したと同時に魔法の効果が消えた。姿を現した標的は足元の草々に移った火を巨大な黒い足で踏み消す。そして焼け爛れた片方の拳を忌々しそうに睨んでいた。
草原を燃やして相手の行動範囲を狭める作戦は失敗した。
しかし、反応からしてしっかりと状態異常にかかったな。
奴はおそらく火傷状態になっている。なぜなら火魔法ヒートラインが火で直接ダメージを与えるのではなく、中確率で火傷状態にする魔法だから。
火傷をするとこの世界では一定時間経過するごとに少量のダメージを受ける上、状態異常から回復するまでの間、速さが1割減するという効果がある。速さと力が最大の武器である怨嗟の大将兎を相手する上でこの効果はデカい。
「マモル速さでかく乱して余裕があれば、攻撃してくれ」
「すらっちは危なくなったら割って入ったり、溶解液で援護ね!」
マモルはすぐに駆け出す。そして怨嗟の大将兎へ迫り……急に進行方向を変えた。迎え撃とうと振るわれた腕は空振り、僅かな隙ができる。
「くらえ!」
それを見逃すわけにはいかない。俺は接近して、右手に持った頑丈な石の剣を斜めに振るう。速さが落ちているといえど、流石はユニークボス。もう片方の手で咄嗟に反応してガードされてしまった。そこへすらっちが反撃をさせぬようにと、溶解液でけん制する。僅かに稼げた時間で、俺は再び距離を取った。
速さがまだ足りていないか。隙をついての攻撃でもダメなのはかなりきつい。やはりマモルと妻の攻撃に期待するしかないか。
しかし、1つ朗報がある。銅の剣と違い頑丈な石の剣なら、こいつを相手に武器として成り立つということだ。銅の剣ならば、今の一幕で壊れてしまっていただろう。
武器が壊れないなら、防御されてダメージを与えられなくとも相手の注意を引くことくらいはできる。それができるだけでも、前とは大違いだ。
「絶対、倒してやるぞ。怨嗟の大将兎」
俺の言葉に呼応するように、マモルが標的の背後から骨の牙の一撃をお見舞いしようと迫っていた。
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