第一話 最強の力
自分の知っている異世界ものから外れてしまったアラタの精神面は完全にボロボロだった。まさに天国から地獄とはこの事だ。もう何もやる気が起きず、地面に座り込んで項垂れる事しかできなかった。
「俺はラノベのようなものを想像してたんだけどなー」
ため息が出て、愚痴も溢れてくる。第一、現実と同じこの状態でどうすればいいのだ。そう思うとこの場所へと召喚した人物を責めたいところだが、張本人はこの場にいないので、吐き出す言葉は無駄になっていく。
「あれ?」
決まってしまったステータスを見つめていると次第に視界が
何もない状態で見知らぬ土地に放り出される状況は、現代日本でぬくぬくと育ってきたアラタにはキツかった。
それから数分。ぼーっとする時間だけが過ぎていく。しかし、
「ん!」
現実逃避から眺めていたステータス画面に違和感を感じ、先程までの無気力が嘘のように飛び起きる。
「んん!」
目が悪くなるくらいの距離でステータスを眺める。
「やっぱおかしい」
自分のステータス画面に違和感を覚える。
「職業:無職。装備:なし。ここまではいい。なのに……」
魔法は空欄。本当に何もないのであれば、「なし」とはっきり書かれるはずでは?じゃあなぜ、書かれないのか。それは……
「何らかの方法で力を使えるようになる! つまり……」
まだ力が使えないと決まったわけではなかった。
最高の可能性が見えてきて、アラタは一気に活力が湧いてきた。
「さぁ! まずはギルドだ。待ってろよー、俺の輝かしい異世界生活!」
遠くに見える──おそらく街であろう場所を指さして誰もいない山頂で宣言し、街に向けて下山しようとするが……
「俺ってどっちから登ってきたかわからなくね?」
突然呼ばれた未知の場所の地形を知らないのは当たり前だった。
この場合の正解は下手に動かず、救助を待つ事だが、運頼みになってしまう可能性が大きい。かといって、現実で便利だったスマホは異世界では使えないので、連絡手段もないのだ。
危険は承知の上で、仕方なく山を下る決断をしたアラタだったが、思った以上に入り組んでおり、完全に迷ってしまった。
「やっぱ待つべきだったかなー」
額から流れる汗を拭いながら、そう呟く。
今、この世界は夏なのかすごく暑い。日差しが強烈なのと、湿地でジメジメするせいで、全身黒色で包み込んでいる制服では地獄のような場所だ。
運動不足で、疲労がすぐに溜まってしまった足を精一杯動かしながら、歩いていると……遠くに人影のようなものが四つ見えた。
それが見えた途端に、アラタは無意識に影の方に寄って行っていた。慣れない大声を出し、手を振りながら自分の存在を精一杯アピールする。その効果があったのか、人影は止まってくれた。
「よかった。気づいてくれた……」
安堵に包まれ、人影の方へと走っていく。だが、嬉しい事に人影は自らこちらに急いで寄って来てくれた。
「申し訳ないんだけど、たす……」
最後まで言えなかった。理由は、アラタの方へと来た人影──長身の女が腰につけていた剣を思いっきり振りかぶってきたからだ。
突然の出来事で体が岩のように重く、自分の意思では動かせなかったが、彼女の攻撃は運よく当たらず、九死に一生を得る事ができた。
しかし、恐怖でアラタは一歩も動けなかった。
「次こそは……」
アラタの事などはお構いなしに女はもう一度攻撃の体制に入る。
「待って! 待ってくれ!」
恐怖で出にくくなっている声を絞り出し、訴えていくが……届かず、無慈悲にも女の剣はアラタへと振りかぶられた。無意識にアラタは目を瞑って、現実から目を逸らす。
完全に死んだ。先程の奇跡など起きない……と、思っていたのだが……
「えっ!」
運命はアラタを生かした。しかも、反対に攻撃してきた女性が驚いて動きを止める。
理解が追いつけないため、一旦状況を整理しようとした。だが、
「メイア!」
一切の猶予も与えてくれないまま、金色のセミロングを
「ル・メーラ」
謎の呪文を唱えると、アラタの周りに複数のナイフが顕現する。
相手の容赦ない攻撃に今度こそ終わったと思ったが……またもアラタまで攻撃が届かず、顕現したナイフは全て地面へと落下した。
「これは一体……」
アラタの周りを囲んでいる水色の物体。謎の現象に女達は驚きを見せ、攻撃を中断。その隙にアラタは一旦距離を取った。そして、
「待って! これを見てくれ!」
と、言ってステータスカードをオープンして自分が敵ではない事を証明していこうとする。
サイトウ・アラタ
職業:無職
装備:なし
魔法:『
(あれ? 魔法が増えてる……)
最初に見た時と内容が違っているステータスを見て思う。
彼の考察通り力は手に入った。だが、その肝心の方法がわからない。それに……
(これが俺の力って事になるんだよな)
何もないよりはマシだが、どうせならド派手な力にしてもらいたかったとも思う。そんな彼に……
「もしかして同業者なん?」
今の出来事で敵ではないと認識してくれたピンク髪の女──メイアが話しかけてきた。しかも意外と顔が近く、緊張で顔が赤くなる。
「あっ! 赤くなった。可愛いやん」
メイアが頬を突っついてからかってくる。想定外の行動にまたも緊張してしまい、今度は恐怖とは別の意味で体が強張る。
今の行為があったため、最初の目的を伝えるのに数分かかってしまった。
だが、メイア達はアラタの要件を呑んでくれ、動向を承諾してくれた。この時にお互い自己紹介をし、金髪の女はアリスという名前だとわかった。
「で、なんで攻撃してきたの?」
「魔王軍の手下かと勘違いしてたんよ。ほら、珍しい服着てるし」
(いや、確かにそうだけど……制服着てる魔王軍はいないだろ!)
心の中でツッコミを入れたが、外見では「なるほどね」と彼女達に合わせておく。
「それより、ウチも聞きたいことがあるんやけど、アラタはなんでそのカードを持ってるん?」
「ステータスカードの事?」
「うん、そうや。それを貰うのが皆の憧れなのんよ。だから無職でなんて前例がないんやけど」
「えっ!」
意外な事実を告げられ、アラタは驚きを隠せなかった。
(もしかして……このカードも)
彼女の言葉を聞いて、アラタはある考えが過ぎる。が……
(それはねぇか……)
と、頭の中の考えに否定という答えを出して今の考えを忘れる事にした。
メイア達と談話をしながら楽しく歩いているといつの間にか時間が過ぎ、一行は山を降り終えれたが、街まではまだかなりあるようで、足が既にクタクタになっていた。
(まぁ、現実世界では学校も週二でしか行ってねぇし、体育なんてのはサボってたしなー。体力も落ちるか)
自分の筋力のなさに少し落ち込むも、無事に街へ入るのには成功した。
「で、アラタは冒険者になるの?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「そうなんや! じゃあ、手続きが終わったら一緒にクエスト行かん? もちろん簡単なのにするから」
「いいけど……」
その言葉で今まで一言も喋らなかった金髪の女──アリスが睨みつけてくる。
(なんで?)
意味のわからない行為をされたが、
「まぁ、いいやん。アリスも一緒に来るんやで」
メイアがこの場を適当に収めた。
ちょっとした一悶着があったが、一行は無事にギルドの前へと辿り着く。
「これが!」
夢にまで見た念願のギルドを前にして目を輝かせるアラタ。それを見てメイアが、
「じゃあ、行こうか!」
と、なんの躊躇いもなく手を引っ張り、アラタを誘導していった。出会ってから到着まで彼女にリードされてしまい、少し恥ずかしさを抱えながら、憧れの世界へと飛び込んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます