其ノ十五 業火

 薬(陣痛促進剤)をお飲みになると、その効果は覿面てきめんに現れて、安子様の陣痛の間隔は急激にせばまって参りました。


 ただ、薬(陣痛促進剤)を使わずにお産みになった先の二度のお産に比べ、血の道(ホルモンバランス)の変化が余りにも乱高下したため、安子様は陣痛が来る度にのけぞり、いつもは大変穏やかな御気質でいらっしゃるこのお方が、般若はんにゃの面の様なお顔で歯を食い縛り、上から垂れて居る力綱ちからづなを強く握り締め、それまで経験した事の無い壮絶な痛みに耐えておいででした。


 決して気絶してはいけない、そう産婆さんば様は仰いましたが、この業火ごうかの様な痛みを、正気のまま耐えられる者など、この世に居るで有ろうか? お子を産むための苦しみで有るとは言え、何故おなごはこの様な痛みに耐えねばならないのか? 安子様は、あまりの痛みに心折れそうになっておられました。


 永遠に続くかと思われた激しい陣痛が、ようやっと小休止した時、安子様はふと、ゆかの盆の上に置かれたきょろきょろと愛らしい目をした、あのすすきみみずくに目をお止めになったので御座います。

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