其ノ六 橋の袂

 初島はつしま様は、お背中で苦しそうにしていらっしゃる花子様に、時々お声がけをなさりながら、太郎君たろうぎみとお話を続けられました。


「して、お父上ちちうえは?」

 初島はつしま様の問いかけに、太郎君たろうぎみはお答えします。

「お父様は、私と花子をおばあさまの屋敷に連れて行くと、少しおばあさまとお話ししておられましたが、しばらくして何処どこかへ出かけてしまわれました。」


「ああ、それで。」


 初島はつしま様はその後の言葉に詰まってしまわれましたが、内心は太郎君たろうぎみのお父上に対し、ご自分が子守りを引き受けたのなら、何故最後まできちんと御自身で面倒をご覧にならぬのかと、少しいきどおりをお覚えになりました。


 御事情はともかく、早く稚児医者ちごいしゃ(小児科医院)へ急がなくては、初島はつしま様はそうお思いになり歩みを更に速められると、橋のたもとまで参りました。太郎君たろうぎみの寺子屋は橋のすぐ近くの小高い丘の上に御座います。初島はつしま様は、まずは今寺子屋にいらっしゃると言うお母君ははぎみの安子様に、一刻も早くこの事をお知らせしなくてはとお思いになり、太郎君たろうぎみにこう仰いました。


太郎君たろうぎみ、この橋を渡ってまっすぐ行った所に銭湯が御座います。ほら、あそこに煙突が見えて居るでしょう?」


 初島はつしま様が指差した方向に煙突を確認すると、太郎君たろうぎみはこっくりと頷きました。


「あの銭湯を右に曲がってすぐの所に、常磐井醫院ときわいいいんと書いた看板のある稚児医者ちごいしゃ(小児科医院)が御座います。私は花子様をそこに連れて行きますから、太郎君たろうぎみは寺子屋に行って、お母様にその場所を知らせる事は出来ますか?」


 太郎君たろうぎみは不安そうながらも、七つにしては大変しっかりしたご様子で、

「分かりました。」

 と、初島はつしま様にお答えしました。

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