第六話 故郷を訪ねて〜その四〜

 ゲノル王子が言うには、ダムノニア王国が治めていた土地は現在「ダムノニア街」となっていて、名前だけは残っている状態らしい。カンペルロの首都であるドアルヌネからは距離があるため、徒歩より馬車の方が良いそうだ。

 

 カンペルロ王国はたった数年で様々な国を取り込んで成長した大国だ。先々代であるグラドロン王が統治していた時よりも広大な土地となっている。その土地のことを良く分かっている人間の言うことに従った方が良い。


 (一体どんな場所になっているのだろう? )

 

 翌朝、アリオンとレイアは朝食と支度を済ませた後、従者達を連れて馬車でダムノニアに向けて出発した。馬車の中でアリオンはちらと恋人の方を向くと、レイアは胸元で何かを握りしめるような仕草をしている。

 

 (きっと、何か思うところがあるのだろう……)

 

 彼女には声を掛けずしばらくそっとしておこうと思い、彼は窓から外の景色に目をやった。

 

 賑やかそうな街並みが次第にどんどん過疎化し、やがて大きな草原が現れた。静かに走ってゆく景色を眺めつつ、王子はこれから先のことについて色々思考を巡らせていた。

 

 なるべく早く国の復興を終わらせ、レイアを正式に迎え入れる準備をしないといけない。幾ら城内の者には周知しているとは言え国内全土にまだ公表していないため、今のままだと後ろ盾のない彼女はただの居候か愛人状態だ。曖昧なままでは彼女に失礼な上、体裁が悪い。

 

 (僕が比較的自由に動けるのもきっと今の内だろうから、動ける内に出来ることをしておきたい……)

   

 自分が正式に王となれば、国から動く頻度は激減する。

 今は例外だ。カンペルロ王国による侵略戦争で、アルモリカは人員的にも多大な被害を被っており、慢性的な人手不足である。

 城と守り手となる兵を新たに雇い入れ、彼らの武術鍛錬の指導者としてレイアに補佐を頼んでいる状態だ。無名だがアーサーと組みコルアイヌ王国の守り手だった経歴を持つ彼女は、元々優秀な剣使いなので適任者である。そのことを相談した時彼女は嬉々として請け負ってくれた。

 そして現場を良く知る臣下に指揮官を任せ、彼に復興事業の指揮をとらせながらも、極力現場を覗きに自ら出向くようにしていた。他国とのやり取りも数人の従者と共に自ら赴いている。城内の人手が元に戻れば、ようやく引き継ぎを行うことが出来るのだが、物事は中々思うようには進まないものだ。

 

 (まあ、お陰で自分が国のことと現状をどれだけ理解出来ていなかったかを身に沁みて思い知らされたが……これも勉強だな)

 

 そこで彼はふと先程のゲノルとの対談のことを思い出した。互いに前王アエスに苦しめられた挙げ句、どちらも国の基盤が崩壊状態からの復興中だ。困った時はお互い様とは良く言ったものだが、しばらく彼とやり取りをしながら今の事業を進めていくしかなさそうだ。

 

「ジャンヌ王女の祖国についてだが、ダムノニアは今は街としてそのまま残っている。残念ながら城跡は影も形もないが、場所は把握している。石碑が一つあるはずだ。偶然私がその地の任についた時、ダムノニアはまだ建物一つさえ建ってない荒れ地のままだった。幾らなんでもそのままではあまりにも不憫と思い、城跡の土地に石碑を建てさせたのだ。あの頃はまだ心ある部下もいた時だったから、何とかなった。その場所を記した地図をお渡ししておこう。私は八つで母を亡くしている故、彼女の気持ちが分からぬこともない。少しでも王女の気が休まることを祈っている」

 

 ゲノルは良くあの暴君の目を盗むように動けたものだとアリオンは正直驚いた。先日の騒動の時でもそうだったのだが、実の父王でさえも見事に欺いてみせた。彼は融通が利き、頭の良くキレる有能な男なのだろう。

 

 (それに比べると僕は、イマイチ要領を得ないな。今いる城内の者達の手を借りながら、出来る範囲で頑張るしかないな……)


 それぞれ得意分野、苦手分野があるというものだ。細かいことをいちいち気にしていても仕方がない。


 そしてゲノル王子からはなしを聞いていて感じたことだが、人間の国であるコルアイヌ王国やカンペルロ王国に比べると、人魚族の国であるアルモリカ王国は南国特有の朗らかな国柄のためか、厳格さがどこか軽い気がする。


 臣下や侍女達といった従者達と為政者の距離感がどこか近いのだ。今まで気付かなかったことだが、これは自国の良さの一つなのだろうと今は思う。節度さえ保てているのであれば、特に口を挟むつもりは毛頭なかった。

 

 (僕は僕のやり方でやろう。今いる者達の声を聞きながら……) 

 

 そんなことをあれこれ考えていると、馬車は早くも目的地へと近付いたようだ。 

 周りを見渡そうと、アリオンとレイアは窓に顔を近付けた。


 そこは、カンペルロの賑やかさに比べると、少し穏やかな雰囲気の街だった。レンガ造りの建物が建ち並び、少しこじんまりな雰囲気を持つ街である。


「……ここがダムノニア……」

 

 ダムノニアに着くと丁度昼時だったので、近くの店で昼食をとることにした。ここから先は馬車ではなく、歩きで行ったほうが良いと聞いている。アリオンは従者達に馬車の管理を任せ、ゲノルから手渡された地図を見ながらレイアを連れて少し歩くことにした。


「……風景は記憶とは全く違うけど、空気がどこか懐かしいな……」

 

 アリオンと一緒に歩きながらレイアはぽつぽつと語り始めた。その瞳は、どこか寂しそうな色をしている。どこか心臓の鼓動を強く感じた彼女は、左手を胸元でぎゅっと握りしめていた。

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