第四話 故郷を訪ねて〜その二〜
アルモリカのリアヌ城では、現在レイアの立場は次期アルモリカ王となる第一王子アリオンの正式な婚約者である。彼女はレイア・ガルブレイスと名乗っているが、本当の名前は元ダムノニア王国の第一王女、ジャンヌ・ロアンだ。十年前に起きたカンペルロ王国による侵略戦争に巻き込まれ、生きるために王族として生きてきた記憶を父王に因って封じられ、国を捨て、平民として生きる道を余儀なくされたのだ。現在リアヌ城内や公式の場では「ジャンヌ」の名を使っているが、昔なじみであるアーサーやセレナ達の前と、アリオンと二人きりの時は「レイア」の名前を使っている。彼女にとってどちらも大切な名前であるため、使い分けで用いるように決めたようだ。
カンペルロ王国に向かうその日のことである。レイアとアリオンを乗せた馬車が西へと向かっていた。勿論従者が警備で付き従っているため、完全に二人きりではない。
使用人や従者達がいるためあまり自由ではないが、それでも久し振りの旅だった。使用人達を除けば、アリオンとの二人旅である。その上、念願だった本当の生まれ故郷に行くことが出来る。それだけでもレイアの胸の高鳴りは止まらなかった。
(歩きじゃない旅って初めてだなぁ。何だか高そうな馬車だし……)
本当は歩きが良かったが、時間が限られていることもあり、馬車での移動となったのだ。ガタゴトと揺れる窓から見える景色は歩きで見るそれと異なり、少し視線が上からとなるため、妙な気分になる。それに今回は国同士の話し合いついでの旅だ。レイアもコバルト・ブルー色のドレスを身にまとっている。彼女も王族としての同行だ。多忙な王子が自分のために時間を作ってくれた……それだけでも、充分過ぎるほど嬉しかった。
「ジャンヌ様。お疲れではありませんか?」
向かい席から優しく声を掛けてくれるのは、レイア付きの侍女であるマリエラだ。栗色の巻き毛に緑の瞳を持つ愛らしい顔をした、快活な性格の女性だ。歳はレイアより二つ上とあまり差はないが、若いのに良く気が利く娘で、アルモリカに越してきたばかりの時からレイアを良く気遣ってくれる、しっかり者だ。
「私は大丈夫。ありがとう。あんたこそ疲れてない?」
「私は大丈夫です。何かありましたらなんなりとお申し付け下さいまし」
「ジャンヌ。馬車移動はひょっとして初めてか?」
声がする方向に顔を向けると、レイアのドレスとお揃いの色合いで揃えられたコートを羽織った、正装姿のアリオンが少し心配そうな顔をしてこちらを向いている。その端正な顔を見ていると、胸が少しきゅっと締め付けられるように傷んだ。
「初めてではないけど……おぼろげな記憶では、もっと揺れていた気がする。この馬車は思ったほど揺れないから驚いたよ」
「……そうか。うちの馬車は術をかけている効果もあるが、極力揺れにくい構造をしているからね。逆に安心した。疲れたら、僕に寄りかかるといい。馬車は徒歩に比べれば早いが、違った意味で疲れるから。着いたら起こしてあげるよ」
「……ありがとう。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
レイアはアリオンの右肩に寄りかかり、静かに目を瞑った。王子は予め脱いでおいたコートを彼女の肩からそっと掛けてやり、その肩を抱いてやる。
(あの殿下が息をするようにジャンヌ様のお気遣いをなさっていらっしゃる! 殿下のあの優しそうな目元と言い、ジャンヌ様のお幸せそうなお顔と言い、何か素敵……!! )
まだ正式な式を挙げたわけではないが、夫婦同然である二人の仲睦まじいやり取りに、向かい席に同席しているマリエラはすっかりあてられ、天にも昇る心地だった。
⚔ ⚔ ⚔
カンペルロ王国のドアルヌネにあるランデヴェネスト城で、ゲノル王子はアリオン達の到着を今か今かと待ち構えていたようだ。彼はアリオンと挨拶を交わした後、侍女にかしずかれながら立っているレイアに気が付いた。彼女がゲノルと会うのは、アエス王を倒すために城へと乗り込んだ、あの日以来である。戦士の時と雰囲気の違う彼女を目にした途端、彼は深緑色の目を見開いて思わず息を飲んだ。
「おお。あなたはレイア……もといジャンヌ殿! これは見違えた」
「お久し振りです。ゲノル殿下。お元気そうで何よりですわ」
扇を広げ、口元を隠しながら妖艶とほほ笑むその様は、生粋の貴婦人そのものだった。レイアは日々受けている后教育の成果をここぞとばかり発揮する。その様は数ヶ月前、剣を手に荒々しく大立ち回りしていた女戦士と同一人物とはとても思えない位上出来だった。
「アリオンから詳しい話しは聞いた。なるべく早く我々の話し合いを済ませ、その土地に案内することにしよう」
「お気遣い頂き、ありがたき幸せでございます」
「そこの者。こちらのご婦人方を控え室に案内致せ。来客の大切な夫人だから失礼のないように」
「は! 承知いたしました」
ゲノルは従者達にレイア達を部屋に案内するよう指示した。ふと視線を感じ、レイアがそこに顔を向けると、金茶色の瞳が少し寂しげな色をまとっていた。
「それでは行ってくるよ。少し待っていてくれ」
「うん。行ってらっしゃい。待ってるよ」
アリオンと別れ、控え室に案内されたレイアは、長椅子に腰掛けるとふうと大きくため息をついた。クッションが柔らか過ぎず、程よい硬さで丁度いい。その後ろでマリエラはてきぱきと給仕の支度をしていた。彼女はランデヴェネスト城の侍女達から説明を受け、一旦外へと下がらせている。彼女なりの気遣いだろう。
「……ジャンヌ様。本当〜に大丈夫ですか?」
マリエラの覗き込むような視線をひしひしと感じる。やはり彼女に誤魔化しは効かなかったようだ。レイアは長椅子の手すりにうなだれるように寄りかかっている。
「……実はちょっと無理してる……」
「やはりそうでしたわね。お疲れでしょうから、今の間だけでも、普段通りになさいませ。日々のお勉強の成果が充分身に付いてあるのをお目に出来て、何よりでしたわ! 私は嬉しゅうございます」
「ありがとう。マリエラ。やっぱりあんたについてきてもらって正解だったよ……」
「殿下から事情を聞いておりますから、ご安心なさいませ。私は先ほどのジャンヌ様も好きですけど、普段のジャンヌ様はもっと大好きですから」
侍女の意外な評価に、レイアは思わず拍子抜けしそうになる。素直に喜ぶべきか、反応に迷う。
「そ……そうなの。ありがとう」
「だって、ジャンヌ様は殿下のお命をその手で二度もお救いなさったのでしょう? 王宮住まいだけのお方にそんなことは出来ません。殿下がジャンヌ様お一筋なのも、頷けますわ。カラッとされているご気性はとっても気持ちが宜しくて!」
「……そこまで褒められると何か、恥ずかしいよ」
「さあさ、喉が渇いておいででしょうから、お茶をお召し上がりになって下さいまし。毒見は全て済んでおりますから大丈夫ですわ」
今までのこの時間で、一体いつの間に毒見をしたのだろう。カップからは既に湯気が立っており、周囲に芳しい香りを漂わせている。美味しそうな焼き菓子も添えてあったが、レイアは一先ず茶だけ頂くことにした。舌先に感じるものは特になく、清々しい香りと程よい渋みが美味しい茶であった。
(そうか。立場が出てくると、例え平和であっても常に危険と隣り合わせというわけか……一応毒見の方法は経験上心得ているが、せっかくだから任せておこう……)
今まで平民として自由に伸び伸び育ったレイアにとって、王宮暮らしは正直なところ少し窮屈だった。それでも、愛する人のために頑張りたいと思う気持ちに揺るぎはみられない。リアヌ城ではお后教育が少しずつではあるが始まっており、覚えないといけないことも多く、夜は寝台に転がると即熟睡してしまう日も多いのだ。だが、要は慣れれば済むことだと頭で割り切っている。アリオンと二人きりの時は、いつもの自分でいられる貴重な時間だ。その時はありのままの自分で存分に彼に甘えることにしている。
(慣れれば大丈夫! ちょっと気取った自分を演じるのも悪くないしな! )
マリエラ相手にお茶とお喋りを楽しみながら、レイアはアリオンが帰ってくるのを待つことにした。
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