第六十五話 もしもオレに君がいなければ

 ガルトの短剣ダガーを大きく回避して彼に近付く。

 それと同時にガルトも瞬動で移動した。


「悪い! そっちを頼む! 」

「任せろ! 」


 ホムラに一言入れて即座そくざに風動でガルトに接近を試みる。

 しかしガルトに近付けない。

 瞬動を何重にも重ねて速度を上げているのだ。

 これは彼の独自武技オリジン歩法ほほうである。


「お前の手の内は分かってるんだよ! ようは近づかなければ、良い」


 と次は愛用あいようの短剣をこちらに投げてきた。

 それを大きく回避して再度接近を試みた。

 オレの手の内がわかっているようだが、オレもガルトの手の内を知っている。

 後ろから迫る短剣を回避して移動する。


「ちっ! 当たんねぇか」

「そう簡単に当たってたまるか! 」


 手に戻った二つの短剣ダガーを見て言う。

 しかし彼は足を止めていない。


 ガルトは斥候せっこうだった。

 彼の武器は短剣ダガー。しかし単なる短剣ダガーではない。

 あの短剣にはちょっとした小細工こざいくがされており手から放つと迂回うかいして戻って来る。

 冒険者をしていた時はそれを利用して奇襲きしゅうなどにも使っていた。

 しかも単なる飛び道具ではなくオレの風刃を容易く弾くことができるくらいには硬い一級品ときた。


 速度重視のオレとガルト。

 敵に回すと厄介とは本当にこれの事だ。


 オレが風刃を放ち向こうが短剣を飛ばす。

 少し膠着こうちゃく状態が続いたが、遠くで爆音が聞こえてきた。

 不意ふいにオレのほほを短剣がかすめる。

 切れた痛みが走る中ガルトが侮蔑ぶべつの目線でこちらを見ていた。


「なに手加減してるんだよ」


 なに?


「手加減なんて」

「してるさ。ま、お前が本気を出さねぇってんならその間に殺して馬車を襲う。それだけだがな」


 そう言いつつガルトが短剣ダガーに魔力を流している。

 魔道具のたぐいか?!


「気付くのがおせぇよ。遅延魔法ディレイ・マジック全体能力減衰オール・パラメーター・ダウン


 そう唱えた瞬間は知ってきた場所すべてをおおうかのように魔法陣が輝いた。


 ★


 一方馬車はというと。


「火の精霊よ」

「お姉様やり過ぎです。水の精霊よ」


 精霊魔法でホムラとミズチが無双していた。

 馬車に近付こう者は剣で切り裂かれ遠くから魔法を放とうとしている者は火だるまにされていた。

 しかしミズチの言う通りホムラは加減を間違い森まで燃やしていたので彼女が嘆息気味で水の精霊魔法を使って鎮火ちんか作業をしていた。

 そしてその様子を馬車の中からダリアが見ていた。


 (すごい……。しかもお二人から精霊の匂いが)


 二人が精霊魔法を連発している為かいつもは可能な限り抑えている『精霊の気配』のようなものがれており、それを妖精族であるダリアが鋭敏えいびんに感じ取っていた。


 (初めて見ました。精霊術師エレメンター)


 慣れない内は呪文も唱えるが、慣れてくると魔法使いは魔法名を口にすることによりその魔法を発動させることができる。

 しかし精霊術師エレメンターが使う精霊魔法それとはことなり自身の加護を受けている属性の名前を口にするだけで発動させることができる。


 (お二人が精霊術師エレメンターだから精霊様の匂いがしたのですね。しかし、どうしてでしょうか? それだけでないような気がします)


 円柱えんちゅう状の炎が上がる中ダリアは観察していた。

 突然現れた奇妙な二人。

 ゼクトは普通をよそおっているが、どう見ても怪しい。

 利害りがい一致いっちでホムラ達には探りを入れなかったが、精霊術師エレメンターであるということを考えると怪しさは更に増す。

 そしてゼクトがそれを知らないはずはないわけで。


 と、ダリアが考えていると一人の賊がホムラ達の攻撃もうをすり抜けて長剣ロングソードで切りつけた。


 キィン!!!


「お姉様?! 」

「大丈夫だ」

「このダニがぁ! 水の精霊よ」


 ミズチがそう唱えると同時に賊から水分が抜けていく。

 どんどんとしわくれ、うめきながら、その賊は死んでいった。


「ホムラさん! 腕が! 」

「大丈夫だ。このくらい」


 腕を見せて大丈夫なことを知らせるホムラ。

 しかし服ごと斬られた腕は装甲そうこうが少しげており——。


「金属? 」

「あ」


 ホムラの正体がバレた瞬間であった。


 ★


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 オレは体が重くなる中、第三解放まで使用し戦っていた。

 だがこの魔法、単なる弱体化魔法じゃないようだ。

 今までに食らったことはあるがこんなにも大幅おおはばに弱体化を受けたことはない。


「これは短剣の効果か? 」

「言うかよ」


 分かり切っていることだ。

 だが相手が話してくれている間に突破口を考える。


 弱体化を受ける前に周囲が光った。

 それを考えると恐らく短剣が地面を傷つけ魔法陣を描いたと考えられる。

 だがガルトは、こんなにも強力な弱体化魔法は使えなかったはずだ。


 確かに弱体化魔法は使えていた。

 しかしそれはあくまで斥候としての役割を終えた後、オレ達の補助ほじょをする為だった。

 だからこんなにも強くなかったはず。


 二十年間に何があったんだ?


 片膝かたひざをついて立ち上がれないオレに足音が聞こえる。

 斥候をしていた時には聞こえなかった音だ。


 まて。


 何故ガルトは魔法陣の中にいるのに立っていられる?

 対象指定型でなく範囲指定型の魔法にもかかわらず何故?


 まさか。


「じゃぁよ。ゼクト」


 頭上で声が聞こえた。

 だがその瞬間オレは奴の足に触れる。


纏風まといかぜ


 唱えた瞬間緑の濃密な風がガルトをおおう。

 その瞬間彼に弱体化魔法がかかる。

 いきなり重くなった体に驚いたのかオレと目線が合う。


風刃ふうじん

「きさっ——」


 下から放たれる風の刃に首を切られてそのままガルトは絶命した。


 ★


「疲れた……」


 ガルトから少し離れてダリアの所へ向かった。

 賊に襲われたということもあり一休憩している。

 全身血塗ちまみれでダリア達の所へ行った時はかなり驚かれたが、仕方ない。

 一先ず血塗れの服をミズチの精霊魔法で流して、ホムラの精霊魔法でかわかしてもらった。

 オレの魔力はもうないからだ。


 少し経って、事のあらましをダリアに教えた。


「そうですか。ガルトさんが」


 そう言い軽く瞳を閉じてこちらを見た。


「大丈夫ですか? 」


 あぁ、とだけ言い木にもたれかかる。

 天を見上げる。


 あの魔法は恐らく魔法陣内すべてに弱体化魔法をかけていたのは確かだろう。

 ガルトが魔法を受けなかったのは発動者を効果から除外するような術式じゅつしきを組み込んだため。専門外だから詳細はわからないが、その昔魔法陣にそういったものを組み込み独自の魔法を開発する人達がいるとか聞いたことがある。


 ならばガルトを「対象」にすればいいだけの話で。

 オレの纏風まといかぜでガルトを「魔法的に対象物質」にし、弱体化の「対象」とした。オレがあやつる風はオレの魔闘法の影響を受けてオレの魔力が流れている。よってこれが可能でないだろうかと思いついたのであった。

 九割けだったが成功してよかったと本当に思う。


 ガルト……。


 思い返し、息を吐く。

 気持ちの切り替えをし、周りを見ると焼けげた木々が。


「……よく山火事にならなかったな」

「ワタシに感謝しろ! 」

「ありがとな」


 そう言うと顔をそむけるミズチ。

 しかし本当に助かったのは事実で。ホムラだけだと確実に山が燃えていた。


「そういえばホムラさんとミズチさんの事なのですが」

「? 」

精霊人形エレメンタル・ドールってどういうことですか? 」


 と、グイグイっとオレに顔をせてダリアが聞いて来た。


 バ、バレたのか?!

 ホムラ達の方を見る。

 すると気まずそうにこっちを見た。


「不意打ちを食らってな」


 そう言い腕を上げた。

 そこには切られたきずがある服とわずかにはがね色に光る肌が。

 あぁ……これは誤魔化せない。


「こちらの不手際ふてぎわだ。すまない」

「バレようが、バレまいがワタシ達には関係ない事です」

「お二人はその……精霊様、なのですね? 」

「ああそうだ」


 ダリアの言葉に頷く二人。


「これは今まで失礼を」

「今まで通り接してくれ」

「態度が変わったところで虫には変わらん」

「ふふっ。そうですか、そうですね。では今まで通り話させていただきましょう」

「おーい。もういいかい? 」


 オレ達が休憩していると馬車の方から声が聞こえてきた。

 疲れた腰を上げて立ち上がる。

 彼女達を引き連れてオレはラックさんの所へ向かい、無事リリの村に到着するのであった。

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