第六十二話 おっさん、王都を観光する 二 救った命

 衣服店を出たオレは二つほどの袋を手に取り商業区を歩いていた。


「……トーナは買った服を着ているのですか? 」

「ああ。おっちゃんが似合ってるって言ってくれたからな」

「見せつけているのですか? 」

「そう見えるのなら老眼ろうがんにでもなったんじゃないのか? 」

「きぃぃぃ! 」

「ダリア落ち着け。トーナも挑発ちょうはつするようなことを言うな」

「はーい」


 腕を頭の後ろで組んでなま返事をするトーナ。

 オレが持っている袋の中は着替える前のトーナの服とダリアが買った服だ。

 今着ている服も似合っていたが、着替える前の服も似合っていた。

 昔からは想像ができないほどにおしゃれをしていてビックリだが、これを成長というのだろう。


「ゴミ虫め」

「いや、何故オレが罵倒ばとうされる?! 」

「お姉様の服を買わなかったからだ」

「無理があるだろ。もしほしいのならばかせいで買え」

甲斐性かいしょうなしめ」


 ミズチが毒づきオレ達は溜息をついた。

 それをホムラがひたすら謝る。

 ホムラが来た当初はホムラが問題を起こしまくると思っていたのだが、それ以上になんのあるミズチが来るとホムラの異常性がかなり薄まった気がする。

 ホムラ……お前は普通だったんだな。

 やらかすと疑ってごめんよ。


 常時冷たい目線を送って来るミズチを放置し袋を持ち直す。

 いてっ!

 軽く痛みが体を襲うが気にせず周りを見た。


「次はどこに行きましょう? 」

「昼食には早いな」

「魔道具店はどうだ? 」

「気にはなるが……買えないんじゃな」


 王都の魔道具店は一級品ばかりだ。

 見る分には興味があるが買うのを躊躇ためらわれるほどの値段。

 安かったらな、と思うが……いや待てよ? あれがあるか?


「そうだな。魔道具店に行こう」

「おっちゃん。どうしたんだ? 心変わりか? 」

「ちょっとな」


 少し誤魔化しながら身近な魔道具店をトーナに聞いて向かった。


 ★


「ようこそ」


 魔道具店の店員らしき人が挨拶をしてくる。

 外装がいそうと同じく目の前の老店員が着けている物も一級品だ。

 一目見て田舎者とわかるオレ達を見ても態度を崩さないそのプロ意識はすごいな、と感じつつも片眼鏡かたがんきょうの店員に少し聞く。


「実は欲しい魔道具がありまして」

「我が店は様々な魔道具を取り扱っています故きっとお気にす物がございますでしょう」


 少しキラリと目を光らせてそう言う店員。

 単なる冷やかしでない事がわかったのだろう、より一層丁寧ていねいだ。


「オレは欲しい物があるから皆は店内でも見ていてくれ」

「私もついて行きます」

「オレも行くぞ、おっちゃん」

「何か面白ものでも買うのか? ならついて行くぞ? 」

「お姉様に見合った物を見つけましょう。あんなゴミ虫は放っておいて、ささっ! 」


 いつも通りと言えばいつも通りなのだが今回は少しひかえて欲しい。

 軽く店員に目配せをすると何やら察したようだ。

 軽く頷いた後他の店員を呼んだ。


「皆様、こちらでお茶でも如何でしょうか? 」

「お茶? 」

「ええ。少ししかありませんが甘味もご用意させていただきます」

「それは良いな。是非とも世話になりたい」

「お姉様が行くところがワタシの行くところです」


 四人が店員に連れ去られていく。

 それをにこやかな顔で手を振って見送りオレは老店員に奥の部屋に通された。

 最後、ダリアが疑わしい目でこちらを見ていたが気にしないでおこう。


「改めまして。ご来店ありがとうございます。これで、よろしかったでしょうか? 」

「悪いですね。なんか手間を掛けさせてしまって」

「いえいえ、憶測おくそくですがお連れの方には内緒にしておきたいものをご所望と思い勝手ながらお手伝いを、と」

「いえ。助かりました。ありがとうございます」


 軽く頭を下げて礼を言う。

 顔を上げると店員が口を開いた。


「では、本日は何をご所望しょもうでしょうか? 」

金剛石の指輪ダイアモンド・リングを」


 それを聞き大きく目を開く店員。

 しかし「失礼しました」と仕切り直してオレに向いた。


「当店に来た、ということは通常の結婚指輪ではないとお見受けしますが……」

「可能ならば魔化まかほどこされたものがいいと思いまして」


 それを聞きすべてに納得がいったのだろう。

 ベルを鳴らして他の店員を呼ぶ。

 入ってきた店員が幾らか木の箱に入った見本を持ってきて目の前の机に置いた。


「実の所結婚指輪、と言う訳でもないのですよ」

「? それはどういう」


 オレがそう言うと軽く聞き返してきた。


「まだプロポーズをしていないので」

「では婚約指輪で? 」


 その問いに対しても首を横に振るオレ。

 いぶかしめな顔をする店員だが気にせず続けた。


奇妙きみょうに思えるかもしれませんが日常的に好意やプロポーズを受けていまして。しかしオレは人族。相手はエルフ族。歳の差はあまりなのですが寿命差を考えると踏ん切りがつかなかったのです」


 それを静かに聞く店員。


「しかし……。まぁこれ以上待たせるのも、と思いまして。さいわいなことに弟子も育ちました。たくわえもありますし、丁度王都へ来たので」


 とほほきながら照れくさく言う。

 うつむかせた顔を少し上げるとそこには今まで以上に真剣な表情をした店員が。


「事情は分かりました。私共も本気で応援させていただきましょう」

「え? いや、流石に払える上限はありますよ? 」

「お任せください」

 

 暴走しそうな店員を慌てて抑えようとしたが店員は即座にベルを二回鳴らす。

 すると先ほどとは違う、エルフ族の男性が入ってきた。

 老店員が指示を出すと机の上の見本を手に取り、違う物を持ってきた。


「……これはっ! 」

「翠玉と金剛石をちりばめ中央にカットされた精霊石をめた一級品。こちらを」


 と指輪を一つ差し出す店員。

 それを顔をひきつらせながら見るが見間違い、聞き間違いじゃないようだ

 指輪の部分は金箔だろうか金色に光っている。説明の通り、指輪の中央に三種の宝石が嵌められていた。

 一級品どころじゃない。

 超一級品だ、これ。

 しかも精霊石?! 何でそんなものまで。


「ご存じかもしれませんが精霊石は精霊の力が宿った石」

「え、えぇ……。聞いたことあります」


 見たことはありませんが、と付け加えて真面目な顔をしている店員の話を聞く。


「そしてこの国周辺に住むエルフ族にとっては求婚の意味を持ちます」


 な、なるほど。

 オレがまだプロポーズをしてない事を考えてこの精霊石が嵌められた指輪を持ってきたのか。


「加えてこの指輪には魔力防壁マジック・ウォールや自動調節の魔化が施されております。これをどうぞ」

「好意はありがたいのですが……払えないので……」

「ご心配ご無用。こちらは一般的な結婚指輪の代金と同じ価格でお売りします」


 そう言う店員に少し疑わしい目で見て、聞く。


「どうしてそこまで? 」


 そう聞くと少し考えるような素振りをした。


「……約二十年程前ですか。私は国境の町で商売をしておりました」


 二十年前?


「突如現れたドラゴン。そしてそれに立ち向かう冒険者。なすすべもなく多くの冒険者達がやられていく中、英雄が七人立ち向かい追い払うことに成功しました」


 その言葉にズキリと心に痛みが走る。


「後から聞くに難易度不明の災害ではないですか。私は命があったことを幸運に思い、また彼らに会うことがあればその時の恩を返そうと心に決めていたのです。冒険者パーティー『七宝』のゼクトさん」


 驚き、目を開いた。


「故にこれは遅れた恩返し、と思いお受けください。まぁタダでお渡しすることが出来ないのが心苦しいですが」


 軽く笑いながらそう言う店主。

 あの時は必死だったが……。そうか救われた人がいたのか。

 しかしオレにこれを受け取る資格はあるのか?

 あれはほとんどリーダーの功績こうせきじゃないか。


「悩んでいるようですが……。参考までにお会いできた方にはすでに何かしらお渡ししております。なので受け取っていただいても誰もとがめないと思います、とだけ助言を」


 他のやつは受け取ったのか。

 恐らくこれを定価で買ったらすぐにでもオレの蓄えはなくなるだろう。だが普通の結婚指輪くらいなら持っている金でどうにかなる。昨日、色々といるだろうと思って引き出してきたからな。


 これを引き取らず普通の指輪を願うこともできるだろう。

 しかしそれはこの店員、いや恐らく店主だろう人物の好意を無碍むげにすることになる。


「……ありがたく、頂戴ちょうだいいたします」

「ほほ。これでまた一人恩返しができました。こちらこそありがとうございました」


 オレが頭を下げると店主も下げる。

 この奇妙きみょうなやり取りが行われた後、袋に詰められた袋を持ってオレ達は観光を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る