第四十八話 ゼクト復活、ス!

「一先ずこれで治っただろう」

「ありがとうございます」

「ああ。だがこれにりたのならば、少し仕事のペースは考えた方が良いだろう」


 目の前のルック院長がそう言い溜息をついた。

 オレはそれに苦笑いを返す。

 実際問題今回の件は働きすぎというよりもミズチという精霊人形エレメンタル・ドール襲撃によるところが大きい。

 少し反省はするが、後釜あとがまが出来るまではもうひと踏ん張りだな。


 オレの腰が治るまで一週間の時間がかかった。

 ルック院長いわくぎっくり腰とのこと。

 なさけなくて涙が出る。


「ひよわだな」

「こらミズチ。何を言うか」

「ごめんなさい、お姉様」

「ぎっくり腰は若くてもなる。ゼクトが弱いわけではないのだが」

「お前の意見は聞いていない。人間が」


 ルック院長が額に青筋あおすじを浮かべながらも息を吐いた。


 ここ一週間ミズチはこの調子である。

 だがおかげで彼女のことが少しわかった。

 ホムラに甘々で、その他厳しい。

 ただそれだけだ。


 厳しいと言ってもその厳しさは激しく、殺意に似ている。

 腰が治るにつれて料理を振る舞ったのだが、オレは料理分くらいしか認めてもらえなかった。

 他の人に対する威圧はオレ以上。

 可能な限り彼女を外に出さない方が良いと思ったのだが、ダリアに「女性が中で監禁されていると思われると大変です」ともっともな事を言われ、こうして外へ出している。

 結果は散々さんざんだが。

 全くもってホムラのように友好的に接してほしいと思いつつ彼女を見つめる。


「何だ食用ゴミ虫。その溜息は」

「少しはホムラを見習ってほしい、と思っただけだ。他意はない」

「見習っているとも」

「お前は見習っているのではなく、れている、だろ? 」

「そ、そんな恐れ多い! ワタシがお姉様にほ、ほ、ほ、惚れるなんてっ! 」

乙女おとめか! 」

「乙女ですが何か? 」


 で返しやがったよこいつ……。

 ちらりとダリアの方を向くと、苦笑いしていた。


「……ここは治療院だ。痴話ちわ喧嘩は他でやってくれ」

「「「すみません」」」


 ルック院長に怒られたオレ達は一旦家に帰るのであった。


 ★


「……しかし、何故にさも当然かのようにオレの家にダリアがいるんだ? 」

「それをいうのならホムラさんやミズチさんも、です。収入を得る手段がついたのならば、冒険者として他の宿に泊ればいいと思うのですが」


 それを言われると痛い。

 だが彼女達に関しては監視の意味もある。

 ここから出ていかれると、それはそれで厄介事を引き起こしかねない。

 よってこの家から出すのは反対だ。


「ゼクト殿の家は居心地がいいからな。しばらくいさせてもらおう」

「お姉様がいる所がワタシのいる所。異論は認めん」


 ふてぶてしいやつらだ、と思いながらも嘆息する。

 が、頭を切り替えダリアに聞く。


「そう言えばオレは一週間冒険者業を休んでいたんだが、冒険者ギルドはどうだった? 」


 正直なところ、かなりの依頼をこなしていると思う。

 オレ一人がいなくなったからと言ってとどこおることはないと思うが、実際はどうなのだろうか、少し気になる。


「最初は混乱がありましたが、三日ほどもすれば冒険者の皆様それぞれ順応じゅんおうして滞りなく依頼をこなせるようになっていました」


 ダリアが笑顔でそう言った。

 何だ、オレがいなくても出来るんだ。

 それは良かった。

 これで少しはオレのも下りるのか。

 少しは老後の楽しみを進めるのもありかもしれない。


「しかし、やはりゼクトさんでなければ出来ない依頼もありますので……。引退はまだ先ですね」

「おいおい、勘弁かんべんしてくれ。オレは早々に引退したい」


 貯蓄はかなりしてあるからな。


「せめて私と入籍にゅうせきしてから引退してください」

「いや。入籍したらもっと引退できないだろう」

「大丈夫です。私、受付嬢を続けますから」

「オレはヒモになる気はないぞ? 」

「ヒモではありません。主夫しゅふです」


 笑顔でそう言うダリア。

 どこまで本気なのか……いや全部本気なのかもしれない所が怖い。

 確かに彼女はエルフ族でまだまだ働きさかりな年齢だ。

 正確に言うと後数百年は働き盛り。

 実現可能が故に、現実味がある。


「というか何気に結婚に話を持っていくな! する気はないぞ?! 」

「ゼクトさんが夫となれば両親に連絡しないといけませんね。そして両親に挨拶を」

「おいおい。なに勝手に話を進めて」

「そして新婚旅行はどこがいいでしょうか。やはり旅行と言えば温泉ですよね」

「……話を聞いてねぇ」


 溜息をつきながら妄想にひたる彼女を送り、夕食にした。


 ★


 この家には貴族様が使うようなお風呂はない。

 貴族様は魔道具を使って水を張り、温めるらしいがそんな大層な物はない。

 魔法使いがいれば可能なのだろうが、そもそも貴重な魔力をお風呂に回すようなことはしない。お風呂に使うくらいなら身の安全を確保したり翌日の依頼の為に回すからだ。


 だがこの家には、偶然にも水の精霊様と火の精霊様がいる。


 なにが言いたいのかというと、オレは今——お風呂に入っている。


「……良い心地ここちだ」


 大きなおけめられた温水おんすいに肩まで浸からせ温まる。

 オレが腰をやってしまった時ミズチに少しの罪悪感が生まれたのか、ホムラが提案しミズチがこの作業を引き受けた。

 ホムラは苦労のすえに手加減というものを覚えたが、意外にもミズチの力コントロールは見事な物であった。

 あの時はオレへの殺意で全力で襲い掛かったようだが。

 

 お風呂は数日に一回程度。しかし小市民なオレにはもったいないほどの贅沢ぜいたくである。


「これがあるのならば、彼女がいてくれてよかったと思うな。後は村人に対する当たりを少しやわらげてくれたら嬉しいんだが」


 と、腕を桶の外に出して夜空を見上げる。

 そう言えばこれを聞いた時、ダリアが真っ先に一緒に入ろうとしたのはヤバかったな。


 きぬの様にきめ細やかで白い肌。輝く緑の髪に、美しい顔。

 全裸で押しかけてきた時はかなり焦った。


 あの時の事を思い出して顔を赤らめる。

 もちろん彼女が他の人の前でこういった態度に出ないのは知っている。

 だがもう少し自重というものをしてもらわないとこちらも困る。


「いや……。そろそろ答えを出すべきなのか」


 ぽつりと呟きながら温まる。

 だが……もう少しくらいは様子を見ようか。

 そう考えて、立ち上がる。

 夜の風がオレを冷ます。

 体が冷めないうちに風呂を片付け、オレは一日を終えるのであった。

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