第三十話 戦う村人

「中々にまずい」

「院長。そう言ってないで何か考えてください」


 賊が押し入る中、ここリリの村の治療院は怪我をした村人達であふれていた。

 それがわかっているのか賊も——少数だが——治療院を襲っている。


 院長はそれぞれの治療に当たりながらも状況を確認。

 そもそも賊を中に入れること自体が異例いれい故に、ただならぬ強者がいることに気付いていた。

 目の前の盗賊騎士以上の。


「オラオラ! どうした! 引きこもってよ」

「早く出て来いよ。おいちゃん待ちくたびれるぜ」


 下手へたな挑発をして中から出そうとしている獣人族の二人。

 普通ならばそのまま押し入れればいいのだが、この治療院は少し事情がことなった。


 この治療院には少し細工さいくがある。

 と、言ってもほんのわずかな物理障壁や魔法障壁を張っているだけなのだが。

 この治療院には魔力充填装置と幾つかの魔法陣が張られており、現在それが稼働している。これにより賊が中に入れない。


 いざという時の為に緊急避難所に指定されているのはこの治療院、村の集会場、そして教会である。

 何故この三つなのかというと、村の集会場は単に広いから、そして他の二つは独自どくじで守りにてっすることができるからである。


 しかし魔力も底をつきかけていた。

 それほどまでに外から浴びせられる攻撃に威力が乗っているということなのだが。


「ふぅ……。仕方ない。わしらが行くかの」

「爺さんや。無理はせんでええんぞ? ここは女にはなを持たせても」

「なにを言うか。婆さんこそ引っ込んでろ。婆さんが出たらこの村の子供達にトラウマができるじゃろて」


 いつも受付で世間話せけんばなしをしている獣人族の老夫婦が、立ち上がった。


「お二方。ここは引いてください。相手は恐らく騎士。幾ら貴方がたでも」


 そう言う看護師に振り向き、爺さんと呼ばれた狼獣人は鼻で笑う。


「構わんて。どうせい先短いこの命。綺麗な最後を咲かせてみせようぞ」

「咲くのは相手の脳漿のうしょうじゃがの」

「「ほほほほほ」」


 そう言っているとついに「パリン! 」と音が鳴り障壁が壊れる音がした。

 それに気づいたのか獣人族の男達はニヤニヤとして中に入ろうとする。

 しかしその前に二人の老いた狼獣人が立った。


「んだ? このじじばばは」

「さっさと殺して薬でも奪っていこうぜ」


 歯牙はがにもめないその言葉に少しムッとしながらも行く先を再度ふさぐ。


わっぱよ」

「日常を壊す侵略者よ」


「「己の上限を超える方法を知ってるかの? 」」


「「ああん? 」」


「「上限解放オーバー・リミット」」


 瞬間、老体が膨れ上がり目が光る。

 顔や手のような素肌が見えるところからは毛が生え、体中から蒸気のようなものが立ち上がっていく。

 盗賊獣人達の体に一気に鳥肌とりはだが立った。


「ば、化け物……」

「なんなんだ……この闘気とうきは」


 同じ種族だからこそわかる圧倒的な力量差。

 足が震え、後退る。

 先ほどまで避難していた単なる村人とは違う、別次元の強者。


 逃げ出したい……。


 そう思うも彼らにその猶予ゆうよさえなく、圧倒的な蹂躙じゅうりんが始まった。

 子供には見せれないとばかり看護師達が子供達の目と耳をふさいでいく。


 看護師達に賊の悲鳴が聞こえなくなったころには、変身前よりも体がしぼみ、さらに弱々しくなった二人の狼獣人がそこにいた。


 ★


「集え! 火の精霊よ。火炎剣舞」


 ボワッとホムラの魔剣が暗闇をともす。

 熱感知で賊をとらえては切りかかる。


「ギャァァァァァ! 」

「どこからだ!? あつっ! 」

「くそっ! 一体なにがぁぁぁ! 」


 彼女が三人いた賊を焼き切り周囲の安全を確認する。

 すると隠れているリナに合図を出し、伝えると家の影から彼女が出てきた。

 彼女の手には台車だいしゃが一つ。

 そこにはガリザックとジグルが寝転がっている。


 ホムラがリナを見ると今にも泣きそうなのを抑えている表情なのがわかる。

 二人はリナをかばって瀕死ひんしの状態なのだから、それも仕方ないだろう。


「ほ、本当に大丈夫なの? 」

「ああ。二人からまだ体温は人のそれだ。だが早く治療院に行った方が良いだろう」

「わ、分かってるわ」


 小さな体で台車だいしゃを動かし治療院へ足を向けるリナ。

 本来ならばホムラが台車だいしゃを動かしてもいいのだが今回はそうはいかない。

 いつ戦闘になるかわからないためホムラは手ぶらの方がいいのに加えて、リナ自身「二人がひどい目にあったのは自分のせい」と感じているために彼女はこうして率先そっせんし働いている。


 台車だいしゃを動かしながら移動し、治療院に着いた。

 しかしそこは前来た時の治療院のそれではなく血生ちなま臭かった。

 反射的に嗅覚を閉じようかと思うような臭いをこらえつつ、ホムラは「まさか」と思いリナに気を払いながら先に進んだ。

 

 下に注意しながら移動すると、彼女の目にだんだんと血や盗賊騎士の亡骸なきがらが見えてきた。

 そして徐々にその全容ぜんようが見える。

 見えたのはある意味ホムラが予想していたことの真逆まぎゃくで、治療院にいる人達は全員無事であった。


 それに安堵あんどしつつも横たわる賊の死骸しがいを除けながらリナの道を作り移動。


「ホムラさん! 」

「無事だったか! しかしこれはどういう状況だ? 」


 看護師が声をあげてホムラの方をみる。 

 ホムラも彼女に気が付きその隣にいる、しわくれた狼獣人を見て驚いた。


「……私にもわかりません。お二方が今まで見たことのない、異能のようなものを使ったと思うと急激に強くなり……」

「敵を殲滅せんめつしたかとおもうとこの状態だ。流石のボクもこんな状態は見たことがない」


 その向こうから声をかけてきたのはルック院長だった。

 そして再度二人を見る。


 (これは……上限解放オーバー・リミットの後遺症、か? 一時的に体力を大幅に使う、技のはずだったが……。そうか寿命か)


 ホムラは今までに様々なものを見て来た。

 そして二人の老狼獣人の症状ももちろん見たことがある。

 そして寿命をけずってまで戦ったことも。


「助けてください! 」


 その後ろから声が聞こえた。

 リナの声だ。

 そこには切羽詰せっぱつまった、必死さが伝わってくる。

 気付いた院長が遠目に見て、すぐに動く。


「! これはいけない! 処置に入るぞ! 」

「しかし、こちらがっ! 」


 そう言う看護師の手を払い、老いた二人は目をつむる。


「……老いぼれなんぞおいていけ」

「ふふ、このくそ爺と最期を迎えれるだけで十分じゃ」

「あの世でまた、喧嘩でも……」

「今度勝つのは、わしじゃて」


 満足気に笑う二人に背を向けて、看護師はリナの方へ向かった。


 失う命が二つに、再度芽吹めぶく命が二つ。

 ホムラはそれを見届け、周囲の賊を滅ぼしに行った。

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