第十五話 おっさん、ホムラにリリの村を案内する 二 怠惰なるダリア 二

「ううう……。ひどいですよ、ゼクトさん」

「起きないダリアが悪い」


 ノックアウトしてしまったダリアを起こして一先ず普通の——村人が着るような服に着替えてもらい、反省のため正座をさせた。

 服もクローゼットに仕舞しまわせて床は、最低限綺麗きれいな状態だ。


 オレの拳骨げんこつ涙目なみだめなダリアだがこれはやむを得ないだろ。

 起きないダリアが悪い。


「今日はホムラも来ているんだ。そんな様子でどうする」


 そう言ったら少し目が光ったように感じた。


「それはいけませんね。申し訳ありません。今日は、頑張ってきちんとします」

「お、おう。分かればいい」


 いつもと違う急激な態度の変化に驚きつつも軽く咳払い。


「で、今日は何が食べたい? 」

「この前卵を頂いたのでそれで何か」

「他は? 」

「後は肉詰めもあるので焼いていただければ」

「了解」

「……ツッコミがないとは悲しいです」

「オレが言うとダリアがどう反応するか分かっているからな」

「その信頼が今日はうらめしいです」


 いつもの事だろと思いつつも、「じゃぁ作って来る」とだけ言いその場を去った。

 ダリアは怠惰たいだだ。

 怠惰が過ぎて料理もダメになってしまった。

 いや怠惰が原因ではなく、そもそも料理がダメだったのかもしれない。


 最初はオレの気を引くためにわざとドジをんでいるのかと思った。

 しかし本当に違ったのだ。

 本当に彼女が作ると『ゲテモノ料理』のいきえて『毒物』へと変貌へんぼうしてしまう。

 この世には未知なることが多すぎる。

 彼女の料理もその一つだろう、と考えながらオレは調理室へ足を踏み入れた。


 ★


「おはようございます。ホムラさん」

「おはよう。ダリア。今日は昨日とは違う服なのだな」

「ええ。今日はお仕事がお休みなので私服です」


 ダリアはゼクトがいなくなるとすぐさま移動しホムラがいる広間へと向かった。

 広間の中に入るとダリアは椅子に座っているホムラを発見。

 そして対面に座り挨拶を。


「昨晩は……その」

「ダリアが気にするようなことは無かったぞ」

「そうですか」


 と、ホッと胸をなでおろすダリア。

 ほぼ直感で「ホムラは大丈夫」とわかっているがために確認しないと本当の所は分からなかった。

 ホムラが嘘をついている可能性もあるが、昨日の感じだと嘘をつくような人ではないとダリアは彼女を判断している。

 直感だけで行動するのも大分危ない気もするが、彼女に関してはその直感がほぼ外れたことがないゆえに自信を持っている。

 安堵あんどの顔を浮かべながらホムラの方を軽く見た。


「しかし、やはりというべきかゼクトさんの匂いがしますね」


 少し瞳を暗くし、くんくんとホムラの匂いを嗅ぐその姿は最早もはや異常者。

 確かに同じ家で一夜を明かすと匂いくらいはつくだろう。

 しかしそんな、わずかな匂いすらも感じ取るダリアはすごいのか、それとも変態なのか。

 だがそんな様子を気にする様子もなくホムラはダリアに理由を告げた。


「ああ。朝手合わせしたからな」

「手合わせ?! 」


 ゴッ! と頭を机に叩きつけるダリア。

 その過剰ともとれる、ホムラにとって目新めあたらしい反応を面白く思いながらもダリアに「大丈夫か」と声を掛ける。


「だ、大丈夫です」

「激しかった」


 ゴッ!


 上げた顔を再度叩きつけるダリア。

 ホムラは意識的にダリアの急所をえぐる言葉を選んでいるわけではないのだが結果としてえぐりまくっていた。

 そんな彼女を「何かのげいで自分をもてなしているのだろうか」と見当違いをしているホムラなのだが戦闘を思い出して軽く腕をんだ。


「ゼクト殿はてっきり短剣ダガー使いかと思っていたが拳の方が強いのだな」

「あぁ……そっちの話ですね。ゼクトさんは基本的に何でも使いこなします。長剣ロングソードも盾も。それこそ一時期は一般的な盾と剣の装備をしていたりしていましたし。状況に合わせてそれぞれを使いこなすオールラウンダーなのです」


 ダリアはダメージが回復しないままゆっくりと机から顔をあげて彼女を見上げ、説明した。

 それに納得がいったかのように頷く。


「なるほどな。それで山で出会った時は短剣ダガーを持っていたのか」

「そうですね。状況を聞く限りだと強力なモンスターがいない山なので木に当たるような長剣ロングソードは装備していなかったのでしょう」

「むぅ」

「別に主要しゅよう武器が長剣ロングソードのホムラさんをめているわけではありません。長剣ロングソードでも立ち回り方でどうにでもなりますから」


 ダリアは完全に起き上がり髪を整えつつホムラにいう。

 冒険者は長剣ロングソード魔杖ロッドを主要武器にすることが多い。

 人気があるだけでなく誰にでも使え、手ごろな価格で手に入る、強力な武器だからだ。


 その反面はんめん短剣ダガーを武器として使うにはかなり難しい。

 基本的に短剣ダガー洞窟どうくつでの戦闘や、それこそ護身用くらいにしか使えないからだ。

 しかしながらリーチが短い事は逆に遮蔽しゃへい物に当たりにくいという利点がある。


「両方使うとなるとかなりの技量ぎりょうが必要なんじゃないか? 」

「そぉぉぉぉなんですよ!!! 」


 いきなりダリアのテンションが上がり、立ち上がる。

 それに驚き腕を組んだまま後ろにのけるホムラ。


「その難しい事をゼクトさんはやってみせています! 」

「そ、それはよくわかる」

「ゼクトさんは自己評価が低いですが「一定のレベルでもすべての武器を使える」というのはかなりのアドバンテージ! そこら辺の冒険者とは一味違うのです! 」


 ちっちっちっ! と指を立ててらしながら言うダリア。

 ゼクトの事となると急に人が変わるのは昨日と同じだな、とホムラは考えつつも軽く微笑む。


 (これこそ肌で感じる人間との交流!!! )


 あまり表情に出していないがホムラはホムラでテンションをあげていた。

 今まで何人かに加護を与えて人と交流したことはあったが、こうして実体を得て本格的に交流するのはこの旅が初めてであった。

 そのことに興奮し、無いはずの心臓がドキドキしている彼女は今最高に楽しかったりする。

 もし彼女が、もう少しガタの外れた精霊ならばダリアドン引きの狂喜乱舞きょうきらんぶをしていただろう。


 熱くゼクトの事を語るダリアであったがふと気付く。

 今やるべきことはゼクトの事を語ることではなかったのだ。

 ダリアは一旦語るのをやめて咳払いをして着席すると口を開いた。


「では、今日の事ですが」

「ああ。任せておけ。ようはくっつければいいんだろ? 」

「ご明察めいさつ。具体的には——」


 他方は愛情から、他方は興味から、知らない所でお互いの利害が一致し——二人は手を組んだ。


「朝ごはん、出来たぞ」

「「!!! 」」

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