私の天国は今日も雨
宮葉
Prologue - Live Forever
jb_1/0
記憶なんて消せないと言うのなら、せめて粉々に裁断してしまいたいと私は思った。
家族全員で撮った写真の中で、私だけが目線を逸らしていた。他の誰もがレンズに向かって笑顔を貼り付けているというのに、私だけが知らない何処かに視界を逃していた。その時の気持ちは、いつまでだってよく覚えている。
だから私は、私を含む全ての顔に向かって鋏を滑らせた。一人ずつ半分に引き裂かれた破片たちが秋の地面に落ちてゆく。それらを拾い集め、一斗缶に放り込む。一枚の写真がいくつかの破片に分かれて、私は僅かな安堵を覚えた。
そして持ってきたゴミ袋の中身もまた一斗缶に入れた。予めシュレッダーにかけておいた、膨大な数の写真たちだ。はっきり言ってこんな行為に無駄な労力をかけたくなかった。だからシュレッダーで一気に裁断した。しかし一枚だけ、一番笑顔の多い写真だけは自分の手で切り裂こうと思ったのは人間性の証左だろうか。
次いで分厚いアルバムを放り込む。思いの外大きな音を立てたものだから、近隣の住人に気づかれないかと一瞬肝を冷やした。いくら自分の家の庭先だからって、覗かれないとは限らない。覗かないでほしいけれど。全ての家屋に巨大なパーテーションを建てられない以上、プライバシーは各々の心がけに頼るしかない。
小学校と中学校の卒業アルバムを入れたら、一斗缶は満杯になってしまった。幸いにも高校のアルバムは買っていない。
そこに灯油を振りかけ、コンビニで買ったマッチを一つ、左手で擦り上げた。理科の実験くらいでしか使わなかったけれど、するりと火が点ってくれた。早く燃やしなさいと言われているかのようだった。
マッチを一斗缶の中に落とすと、瞬く間に大きな火に進化した。私はそれをじっと眺めた。一つずつ黒ずみ、灰になっていく様を見ながら、私は煙草に火をつけた。もちろん新しいマッチの火で。こんな記録の残骸で出来た火で煙草の味を汚したくない。
燃えて。全部燃えて無くなって。
私を繋ぐ、繋いでしまう、縛られる、縋りついてくる物どもを何もかも消し去って。
二十歳の秋、私は家を建てた。
作家としての成功と、完全なる一人旅の始まりを祝って。
私の人生がようやく始まる気がした。
その日は余りにも澄んだ晴天だった。
天気に興味を持つ事が減っていたけれど、この時ばかりは美しい蒼に心躍った。そこに差し込まれる鈍色の煙は醜く、まさしく私の過去を体現しているようだった。
素敵な空だった。雨なんて知らないような顔をして。
私の祝福に、雨は降らなかった。
『貴方の天国は今日も雨』
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