第22話 さっきの様な事はもうしませんから!

 結局、旦那様が頻繁に犬化してしまった為、どうして旦那様がそんな事になってしまうのか、はっきりとした理由は分からずじまいでしたが、私と旦那様の心の距離は近付いた気がした新婚旅行も終え、家に戻ってまいりました。

 お義父さまとお義母さまに挨拶をして、お土産を渡し、久しぶりの部屋に戻ると、早速、ローラ様が部屋に訪ねてこられました。


「お義姉さま、旅行はどうでした? 私からのプレゼント、受け取ってくださいました?」

「受取拒否とまではいきませんでしたが、返却はさせていただきました。今度からは、私の喜ぶようなプレゼントをお願いいたします。ローラ様ってもしかして、プレゼントを選ぶセンスがなかったりするのですかね?」


 だって、普通、プレゼントに元彼を選んだりしませんでしょう?

 それとも、私の考えが変わっているだけで、普通の方は元彼をプレゼントされたりするんでしょうか?

 

「選ぶセンスって…! ちゃんとしたプレゼントを渡すつもりでしたら、他のものをお渡ししますよ! でも、今回はそうではなく!」

「そうではなく、何なんです? それに、勝手に招待状を送りつけるだなんてどうかしていると思いますが?」

「お義姉さま、私にそんな態度を取って良いんですか? お義兄さまの事を他の派閥の人間にお話しても良いんですよ?」

「そうなりますと、公爵家が危なくなりますので、あなたも贅沢をして暮らしていく事が出来ないのでは? それに、ローラ様は忘れていらっしゃるようですが、私も公爵家の娘です。家族は私を愛してくれています。何かあった時、報復がないだなんて思わないで下さいね?」

「お、脅すつもりですか!?」

「あなたにそんな事を言われたくないのですが…」


 呆れた顔でローラ様を見ますと、舌打ちされた後、私だけでなく、ジャスミンの方を睨んで去っていかれました。


「嵐のような人ですね」

「本当に…」

「ジャスミンまで巻き込んでしまってごめんなさいね」

「いいえ。ですが、どうして私まで睨んでいったのでしょうか…」

「それはわかりません。別にジャスミンはローラ様と何かあったわけではないのですよね?」

「身に覚えはないのですが…」


 ジャスミンは首を傾げた後、すぐに笑顔になって言います。


「私の事はお気になさらないで下さい。ローラ様に何をされましても気にはなりませんので」

「ですが、よっぽど嫌なことをされたら、我慢せずに絶対に言って下さいね。私がどうにも出来なければ、お兄様に相談しますから」


 旦那様に相談しても良いのですが、ローラ様には強く出られないでしょうし、困らせてしまうだけの様な気がします。


 ああ、でも、こんな事を思うから、旦那様は私の事を中々、信用してくれないのかもしれません。

 お話をするだけしてみようと思いますが、でも、また、犬化されても困りますし、難しいところです。


 ジャスミンに荷解きをしてもらいながら考えていると、今度は旦那様が訪ねて来てくださいました。


「ジャスミン、君も疲れただろう。少しは休んだらどうだ? 荷解きは俺がやろう」

「荷解きは私がいたしますので、そのままにしておいて下さいませ。では、お言葉に甘えて、少しの間、私は自分の部屋で休憩をとらせていただきますね」


 旦那様とジャスミンは、犬化の話をして以来、二人の間に何か絆の様なものが生まれたかの様に仲良しになりました。

 

 仲良くするのは良い事だと思いますが、少しだけ疎外感です。

 でも、ジャスミンに休憩をとってもらう事は悪い事ではありませんし、笑顔で頷きます。

 

「長旅に付き合ってくれてありがとうございます。少しの時間ですが、ゆっくりしてくださいね」

「ありがとうございます。では、失礼させていただきます」


 ジャスミンは満面の笑みを浮かべて、一礼してから部屋を出ていきました。


 そんなに休憩が嬉しかったのですか。

 となると、やはり、お休みをもっと増やしてあげないといけないのかもしれません。


「エレノア、どうかしたのか?」

「あ、いえ。ジャスミンの事を考えていまして…。旦那様も長旅、お疲れ様でした」

「いや。君はどうだった? 少しは楽しめたか?」

「はい。旦那様をいっぱいもふもふできましたし、こうやって、お話できる様にもなりましたしね」


 旦那様を立たせたまま、お話するわけにはいきませんので、ソファーに座ってもらうように促すと、旦那様は座ってから言います。


「犬になってばかりですまなかったな」

「いいえ。先程も言いましたが、私は犬の旦那様とゆっくり出来て楽しかったですから。それよりも旦那様はお仕事の方は大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。君が寝ている間にするから」

「えーと、それはどういう?」


 意味がわからなくて聞き返すと、旦那様は笑顔で言います。


「ジャスミンが言うんだ。エレノアは人見知りだから、一緒に話す機会が多くなれば、どんどん態度が変わっていくと」

「旦那様とジャスミンはいつの間に、そんな話をしているのですか」

「ジャスミンはエレノアが寝た後に、今日の出来事を報告しに来てくれる様になったんだ」

「そんなの知りません! どうしてそんな事になっているんですか!?」


 別に報告される事が嫌なわけではないのですが、そんな事実を知らなかった事に驚きなのと、それを教えてもらえていなかった事にショックを受けてしまいました。


「いや、俺が頼んだんだ。ジャスミンは悪くない。そんな事をされて嫌だったか?」

「内容にもよりますよ。どんなお話を聞いてるんですか。大体、旅行中はほとんど旦那様と一緒にいましたが?」

「仕事をしていて一緒にいれない時間があっただろう?」

「それはそうかもしれませんが…」


 旦那様が笑顔で、自分の隣に座るように手で示されるので、断る理由もありませんし、隣りに座ってから尋ねます。


「もしかして、最近の旦那様は、私を監視していらっしゃいます?」

「どうして監視になるんだ?」

「では、ストーキング」

「言い方が悪い」

「結婚した当初は、私の事なんて気にする様子など一切なかったじゃないですか」

「人の心は変わると言うだろう?」

「では、そのうち旦那様は私の行動観察に飽きるという事でしょうか」

「それとこれとは別だ」


 旦那様は私の肩に触れようとされましたが、ここ何日かで学習されたようで、焦った様子で手を引っ込めた後、言葉を続けます。


「結婚したのだから、責任は持たなければいけないだろう?」

「そんなに重く考えなくても大丈夫ですよ。旦那様は真面目な方なのですね」

「そんな事はない。当たり前の事だ。もちろん、犬化する事を知られる前は、距離を置こうと思っていたけれど、今は違う。それに自覚した今は、どうしたら君に気持ちが伝わるかを考えてばかりいる」

「何でしょう? お聞きしますよ? そういえば、人の時にお話したい事があると言われていましたよね?」


 旦那様の方に身体を向けて、笑顔で旦那様を見上げると、なぜか旦那様は私から顔を背けます。


「なんといったらいいのか、その、自覚してしまうと、難しいものだな。簡単に言えるものだと思っていたのに」

「よくわかりませんが、今日はお話したくなさそうですし、話題を変えましょうか? お話したい事もあるんです」

「あ、ああ、かまわない」


 なぜか旦那様が肩を落とされた気がしましたが、それには触れずに聞いてみます。


「ジャスミンがローラ様に目をつけられた様なのですが、何か考えられる理由はありますか?」

「…ジャスミンが?」


 旦那様は怪訝な顔をした後、少し考えてから答えてくれます。


「特に思い当たるような報告はあがっていないが、調べさせようか?」

「ローラ様を刺激しない程度でお願いできますでしょうか」

「わかった」

「ありがとうございます、旦那様」


 笑顔でお礼を言うと、旦那様がまた、顔を背けて言います。


「エレノアはその…、笑った方が良いと思う。もちろん、怒ったり不貞腐れた顔も、それはそれで良いのだが」

「旦那様…?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。心の準備が…」

「はい?」


 私から近付く事は良いはずですので、身を乗り出して顔を覗き込んでみますと、旦那様は私を押し返そうとしたのか、またもや、私の腕に触れてしまいました。

 ですので、言わずもがな、いつもの可愛らしい犬の姿になってしまわれます。


「ああ、この体が忌々しい! どうしてこんな事になるんだ!」


 てしてしと前足の両方を上げて、ソファーを叩く旦那様が可愛くて見守っていると、旦那様がすりっと頭を私の顔に寄せてこられました。


「さっきのは君が悪い」

「近付いたからですか?」

「ああ、そうだな。悪くはないが、原因は君だ」


 すりすりと私の顔に頭をまた当ててこられるので、頭が痛いのかなと思い、優しく、その部分に口付けると、旦那様が声にならない声を上げて後ろにひっくり返ってしまわれました。


 どうやら、旦那様はスキンシップが苦手みたいです。


「旦那様、しっかりして下さい! さっきの様な事はもうしませんから!」

「それはそれで…困る…」


 旦那様はまるで最後の力を振り絞るかのような弱々しい口調で、そう言われたのでした。


 こんな風に、旦那様と私の生活はのんびり続いていくのかと思っていましたが、そう上手くはいかないと思わせられる出来事が次の日に起こる事になったのでした。

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